私の好きな詩・言葉(15) 「陽炎の日々」   

いつの頃だったか、「これ読むといいわよ」と言って、母から一冊の詩集を渡されました。母は知人からその詩集をもらってきたのでした。詩集は長いこと本棚に眠っていました。

今年、ふとしたきっかけからその詩集を読みました。延育子さんは、小学校2年以来、重度のリュウマチにかかり、少女時代も大人になってからも病臥の人でした。結婚も諦めたと聞いています。

延育子さんのことが知りたくて調べているうちに、昨年他界されたことを知りました。生前お会いできなかったことを残念に思います。

詩集『あなたに香りを』には、不自由な身体であることを少しも嘆くことなく、優しく強く生きられた延育子さんの心が息づいています。

「陽炎の日々」

はじめって逢ったのは
浅間山が陽光にまどろむ
鬼押し出の展望台
わたしは
髪を男の子みたいに切って
スカーフでそれをかくしていた
指も手袋でかくし
足はズボンでおゝい
腰かけていると一番落ちついた
あの人はわたしを時々じっと見た
わたしはたゞ浅間を見ていた
二人は黙って

二度目に逢った時
あの人は北軽井沢から馬を走らせて来た
馬は全身に汗をかき
あの人も息をはずませ 汗をかいて
窓の下で馬を洗っていた
その日 わたしは自分の絵を見せた
もっと真すぐ線を引けないんですか
あの人は怒ったように言った
わたしは何故か
その言い方が好きだった

秋になって
芸大祭に誘われた
歩けないわたしは車の中から見ていた
からだを黒々と絵の具で塗って
腰に白布(シーツ)を纏い
羽根をつけた学生達が
裸踊りをしていた
あの白布は自分達のなんだ
あの人は白い歯を見せ声を上げて笑った
その声を聞きながら
わたしは思った
好き

春になって
わたしたちは汽車に乗った
伊東行きの
どう言うわけか二人しか居ない
若草色のセーターを着て
わたしは嬉しくて笑った
あの人も絵の具の付いたコートを着て
笑っていた
トンネルで会話の声が消え
それも嬉しくて笑った
伊東の駅でわたしだけ車に乗り
あの人は歩いた
家についてわたしが寝ていると
あの人はポツリと言った
君が歩けると散歩に行くのに
ごめんね

ボナールが窓を彩どって
あれは 遠い陽炎の日々

(延育子 詩集『あなたに香りを』より)


延育子 1929年、東京に生まれる。宗左近氏主催の同人誌『海』の同人。俳句・散文集に『冬薔薇』(1979)、詩集に『あなたに香りを』(1994)がある。また、絵にも堪能だった。2001年8月、熱海の自宅で永眠。




他の詩2編

「想い出(一)」

始めて逢った夜 私を見て
あなたは ちょっと目を伏せた
哀しげに
寝ている乙女に
なにを感じたのだろう
「大へんですね」
そう言って
私の傍(かたわら)に坐った
医者にしては
優しすぎる声だった
聴診器を出して
胸に当てるわけでもなく
ためらいがちに
私の細い手首を取って
脈をみた

捌け口のない青春に堪えて
私はその頃 秘かに人を恋していた
「今晩は」
ドスのきいた声と
無防備な若さで
ズカズカと入って来る青年を
私は
その夜も待っていた
あなたはそれを知るはずもなく
鞄から小さな本を出して
私に借してくれた
ロマンローランの幸福論だった

花の香りが
外の闇からたゞよってくる
夜だった


「想い出(二)」

なぜか
あなたは瞳の奥で私を責めていた
哀しげに

私の胸はじんと鳴った
友達と
ふざけ過ぎたのだろうか

有楽座の映画”三つの恋の物語”がはねて
二階から抱え下してくれたあなた
タクシーを拾えない姉が帰って来た
  僕が抱えて行くからいい
そう言ってあなたは私を抱えた
あったかい腕だった
お寿司屋さんまで遠いわよ姉が言う

早くも歩道に出て
車道を横切った
人込みの中から
  ヨオ御両人
誰かが叫ぶ
  放っておけばいい
あなたは耳もとでささやいた
長い距離を歩き
やっと寿司屋の椅子に私を下した時
あなたの腕は震えていた

  ごめんなさい 疲れたでしょう
あなたは黙って私の傍に腰かけ
お絞りを渡してくれた
あなたのぬくもりが私に伝わってきて
せつなかった
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by hannah5 | 2004-11-15 21:35 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented at 2004-11-15 23:13
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hannah5 at 2004-11-16 17:37
*鍵さん、お部屋の方にレスを残しておきました。
ありがとうございました。

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