私の好きな詩・言葉(133) 「百年」 (杉本 真維子)   


百年


しずくの先を
しぼると
引き攣ってくる胸の
芯から
おもいだす

この風は
だれだったろう
澄みきった翌日は
だれかが
息切れのまま風になる
バス停が一本
枯れ木のように
ゆれて

テレビの灯りと
ひくい話声が
漏れてくる部屋で
枕の下には
ふかい
夜の海があった
細いくだで
ふるえている
ひとは泣くことも
できる

わたしたちの雨は
あがる
忘れないように
肌をくるんだ
樹皮がすこしずつ
ほどける


(杉本真維子詩集 『点火期』 より)






ひと言

男女の間には愛という柔らかなものよりも、「ふかい夜の海」のような、どこまでも広がっている底の見えない闇が広がっているのかもしれない。この詩を読んでそんなことを思った。静かな夜の海で、男と女がそれぞれ見ているものは何なのだろう。

『点火期』 は杉本真維子さんの第一詩集。杉本真維子さんの詩はどれも言葉が短く簡潔なのが特徴である。先日のトークイベントで、杉本さんは自分の詩作について、次のようなことを語られた。作品を推敲するかという質問に対して、杉本さんは「心の溝にはまるように、かなり推敲する。婦人公論に投稿していた頃、作品がかなり長く、評者の井坂洋子さんに言葉を刈り込むように言われたため、以後、なるべく言葉を刈り込み、少ない言葉で書くようにしている」(トークイベントで取った私のメモ書きより)。言葉を刈り込んで刈り込んで、最後には何も言葉が残らないこともあったと言われた。

奇しくも、最近、友人が詩を書く時の言葉について、同じようなこと語っていた。友人の言葉をそのまま借りる。「詩にとっての、形と中身、あるいは体と心が高い位置で合っているとき、その作品の強度は強い。・・・そのためには、形式のためだけの言葉であっては、足りない。取替え可能な言葉であっては、足りない。・・・どうしてもその言葉はその位置で使うことが必要であるのだから、詩として使うのである。」(光富いくやさんの「詩に関する雑感/抽象と具象・形式と内容」より)

言葉を削っていく。どうしてもこの言葉でなければならないという所まで言葉を削る。時には最後に残した言葉さえ必要なしとして削り落とす。そうしてできた作品は、強く硬質で、簡単に読んで立ち去ることができない。心が、頭が、そこに表れた言葉につかまれたまま動けなくなる。それは、必然の言葉を捕らえるための熾烈な闘いを、人知れずくぐり抜けてきたからに違いない。



杉本 真維子(すぎもと まいこ)

1973年、長野市生まれ。
2002年、現代詩手帖賞受賞。
作品: 『点火期』(思潮社、2003年)、『詩のリレー』(共著、ふらんす堂、2006年)
『袖口の動物』は思潮社の12人の若い詩人たちの「シリーズ新しい詩人」の中の1冊。
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by hannah5 | 2009-06-27 23:30 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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