私の好きな詩・言葉(139) 「やさしい蘇生は穿たれた喪失からひろがる」 (松尾 真由美)   


やさしい蘇生は穿たれた喪失からひろがる


ひややかに過ぎさる水の流れをまといながら 夜の蝟集に耳を澄まし あやうい雨音の感触とともに消えかかった原画をなぞる 放縦な痕跡がにじむ境界線 つねに脱色をくりかえす像の切断面 やわらかな被膜であったもの 種子の発芽をうながし ほそい裂け目にあえぎ 変調する囁きをもたらす おそらくはやさしい抑圧から逃れるため 私は必然の衝動をよそおい 宙吊りのままに閉じられた白紙の部分を探っていく

無形の気配にだたようかすかな叫びをたぐり 手探りで解体するとおい記憶の ゆらぐ幻想に彩られた記憶にもたれ 届かない手紙をつづる目覚めの朝 まるで新しい誕生を求めるように熟した卵をかかえ ぬくもりの侵食から綻びはじめた私の円環のひそやかな悦びは あなたの水脈へとつながり あなたの祈りの密度をむさぼる とたえば夏の汗にまみれたあつい愛撫によって 免れえない息苦しさにねじれ いくどもあなたの胸を刺した指先の刃は私の著しい転倒をさらし はかない苦痛でかたどる互いの翳の罅 鏡の傷 すでにあなたの悲鳴は私の内奥で育まれ 抗うほどふかい呼応にしずみ 封じるほどあらわな服従をまねき 透明な交感をねがい 夥しい反復がうがつたしかな侵犯は 未分化の核をになう私の避けがたい磁場であった

そうして束ねていく摩滅の予兆に魅入られ 言葉と言葉の間隙にほのめく意味の領域は 翼の名残をのこすさざなみの息遣いをつたえ 晴れやかな均衡をたもつ 戻ることはない接点がひろげる永遠の躍動 その行方におびえ逸楽の裁断をつづけ あなたのあたたかい掌を葬りつづけ 私の盲目をあばくかなしい腐乱のうえ 真昼の波に垂直に落ちる日差しとなってあなたは輝き 互いの横顔を照らし したたかに裸体の露出をつらぬき あなたと私はおなじ形に柩を組み立てたとき相殺される

(松尾真由美詩集『燭花』






ひと言

全編散文詩で綴られる松尾真由美さんの第一詩集。男女の逢瀬、交わり、高揚、魂の合体、離脱、孤独などが漢語を交えて書かれ、読みながら眩暈がするほどめくるめく思いに満たされた。体のエクスタシーがあるとすれば、これはさしずめ脳内エクスタシーといったところか。現代詩の手法を見事に巻き込んだ抒情詩かと思う。


松尾真由美(まつおまゆみ)さんのブログ: 松尾真由美 詩のことばと言(コト)の葉と
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by hannah5 | 2010-01-31 23:15 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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