私の好きな詩・言葉(141) 「準備」 (奥田春美)   


準備


彼女の準備が始まった
先祖代々の古い墓石のよこに御影石の墓誌をたてた
表側がいっばいになると裏側に刻むといいよ
ほら、さわるとすべすべ気持ちいいよ
わたしたちは一応さわってみた
ぼくはこのあたりかなというものがいた
裏側は百年以上あとの死者だなというものがいた
みんな少しの間ぼんやり立っていた
次に彼女がしたことは
金箔がとれてほとんど暗闇の仏壇の修理だった
仏具屋からはそれはきんきらきんになってもどってきた
五十年は光りつづけるよ
ほら、極楽浄土ぽくってよいだろう
わたしたちはかわるがわるのぞきこんだ
みんなの顔がかわるがわる金色に光った
最後に彼女がしたのは
たべるねむるたびにごくらくごくらくということだった
それをきくとわたしたちはつい彼女にさわりたくなった
ごくらくにさわったよ
ごくらくはわらったよ

わたしたちの準備もできた


(奥田春美詩集『かめれおんの時間』





ひと言

第26回現代詩花椿賞を受賞した詩集。奥田春美さんは同じ詩の教室で学ぶ仲間である。というより、奥田さんの方が私より詩暦が長いし、年齢から言っても私より先輩である。毎回提出される作品は個性的で、ひとひねりもふたひねりもした奥田さんならではの見方が散りばめられた作品が多い。そんな奥田ワールド全開の作品群の中で、「準備」はひときわ奥田さんらしいと思った。死出の旅路の準備もこんなふうにどこかユーモアとペーソスがあると深刻にならなくてすむ。こんなふうな物の見方ができると、詩に奥行きが出ていいのだろうなと、うまく変化球が投げられず、直球ばかり投げている私の作品を見て思う。



奥田 春美(おくだ はるみ)

香川県で生まれ、学生時代より大阪。現在は東京在住。
詩集に 『砂の交わり』 『老先生の赤ずきんちゃん』 (私家版)がある。
(『かめれおんの時間』よりコピー抜粋)
[PR]

by hannah5 | 2010-03-29 17:18 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

<< 繭の中のこっちとあっち やさしい休日 >>