私の好きな詩・言葉(142) 「亡命者」 (田 原)   


亡命者


祖国の風は
あなたの心の中のともしびを吹き消したのか
それとも異郷の太陽は
あなたが遠出することを誘惑したのか

体の向きを変えたことは裏切る行為ではないが
しかし 体の向きを変えた瞬間
あなたといっしょに成長して来た地平線は
やはりあなたの足もとから
賢明にもがいて消え去る

遠方はあなたのすべての頭陀袋だ
それを背負って
あなたの母語を背負っているかのように
あなたを聞き慣れない鳥の囀りと光とに
馴染ませる

海は永遠に大目に見る
すべての船を動かす
空は永遠に無慈悲で
いかなる人の魂を留めてやらない

黒雲より重いのは
誰の気持ちでしょう?
闇夜より暗黒なのは
どんな人の眼でしょう?

流木のように 亡命者は
自分の落ち着き先を断定できない
彼の両脚は
運命にしっかり握り締める太鼓のバチだ
いつでもどこでも
大地この疲れた太鼓を鳴らしてたたく
彼岸より遥か遠いのは真理だ
追放より長々としたのは侮辱だ

網膜にうつされた風景は支離滅裂
祖国は依然として彼の夢に見た古里
郷愁は埠頭から始まり
母語は死ぬまで続く

(田原詩集『石の記憶』より)







鳥との関わり


飛んで来たり飛んで行ったりと言っても
それは鳥たち自身の事情だが
その起居振る舞いはいつも僕の気持ちに影響してくる
要するにその鳴きようは あるときは歌うように聞こえ
またひどく嘆き悲しむように聞こえるのである

どんより曇った日 彼らは翼を使って
遠方の陽の光を背負ってきて
僕の薄暗い心の中を暖め明るくする
空がもし晴れ上がったなら
僕の暗く冷たい室内が今度は彼らの
さえずりによって生気に満ち溢れる

生きている鳥は
僕の死の証人になっている
画集に静止している鳥は
僕の呼吸や眼差しを感じ取っている

たとえ暗い夢のなかでも
鳥はちょうど稲光する妖怪のようで
歌声を残した後は己の影へ隠れ
彼らの羽の色や目を記憶させない
よく僕が窓に向かって坐り
想像する鳥は
大雨を引き連れてやって来て
翼を猛烈に震わせて
激しく降る雨粒のように
大地にぶつける

彼らがいつも水を飲み足を洗う河は
ひねくれて曲がる
湾曲部は狂ったように草を生い茂らせ
毒蛇の口をそのなかに潜ませ
湾曲した水流は樹冠や
枝の股の巣を流し去る

そしてそのあらゆる一切が
透明な窓ガラスの内に発生するのである
薄くて脆いガラスは
僕と鳥や世界との距離である

ある日 梢から飛び立った鳥は
炎の光のように
瞬くや否や消え去った
彼が残した泣き声は尾を引き
僕の静かな心を驚かせていった




ひと言

第60回H氏賞を受賞した田原さんの詩集。田原さんは谷川俊太郎の研究者であり、詩集の翻訳者でもある。

詩集は日本語で書かれているが、どこか中国的な印象がある。そのひとつが「亡命者」である。私にも7年半の海外で暮らした経験があり、その間、日本人であることや日本人的な考え方や感じ方を極力排除し、どちらかというと自分は「地球人」という意識で暮らしていた。日本人であること、日本人的な考え方や感じ方を排除するということは、日本人としての自分のアイデンティティを自ら否定しながら暮らすということで、時にはこれは根無し草のような、人間社会の中での繋がりが一切断ち切られたような感じがあった。ここまでしたのには私なりの理由があるが、その時の日本という故郷が空に飛んで行く風船のような儚い感じは寂寞感とも喪失感とも言いがたい。私は留学生であって亡命者ではなかったが、自分の文化とまったく繋がりのない文化の中で暮らすことを選択するということは、どんな理屈をも否定させるような感じがある。

「あなたといっしょに成長して来た地平線は/やはりあなたの足もとから/懸命にもがいて消え去る」「網膜にうつされた風景は支離滅裂」。祖国喪失はアイデンティティの喪失、自分の中の根幹を失うということである。海外へ移住する中国人は多い。現地に同化するのではなく、チャイニーズ・カルチャーを握り締めて暮らす中国人は多いが、それでも彼らは祖国を喪失した寂寞感を味わって暮らしているのだろう。

2篇目の「鳥との関わり」は、部屋の中からガラス戸を通して庭に飛んでくる鳥(何の鳥かはわからないが、もずか尾長か)を見て感じたところを書いたものだが、感じ方が日本人のそれとは違い、大陸的な大きさを感じさせた。たとえば5連目の「河」。「かわ」という時、日本人は普通「川」を思い浮かべるだろう。「河」には大陸を悠々と流れる大河の印象がある。鳥が「大雨を引き連れてやって来て」や「激しく降る雨粒のように/大地にぶつける」も大陸的な大きさを感じさせた。

日本の中に埋没していると、とかく気持ちは内向きになり、小さな世界をぐるぐる回ってばかりいるようになる。視点の大きいこういう作品は、私の目をもう一度地平線の彼方へ送ってくれる。



田 原(ティアン・ユアン)

1965年中国河南省生まれ。1991年5月来日留学。2003年『谷川俊太郎論』で文学博士号取得。現在、東北大学で教鞭をとる。中国版『谷川俊太郎詩選』を翻訳出版、北園克衛など日本の現代詩人作品を翻訳。2001年第1回『留学生文学賞』受賞。(楽天ブックス、谷川俊太郎詩選集よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2010-05-16 20:04 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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