落とし物
2004年 12月 09日
小さな窓をあけると
突然 目の前に開けて見えたのは
さまざまに揺れ動く光と色のプリズム
記憶の底にかすかに残るなつかしい風景
窓をあけてくれたのは優しい詩人
あるいは哀しい詩人だったかもしれない
私は窓の前でなんだかもったいないような気持ちで
詩人の顔を盗み見た
かすかな微笑みをたたえながら詩人は静かに手を上げた
詩人の指差す方向を見つめていると
いつしか見たこともない街を歩いている
ぽつりぽつりと雨が降り出した
いつのまにか一緒に歩いていた詩人が傘をさしかけてくれた
歌が聞こえてきた
どこからともなく誰に聞かせるでもなく
低い声でつぶやくように歌が聞こえてくる
なんだか記憶の底がくすぐられるようななつかしいメロディだ
どこで聞いたんだろう
思い出そうとしてみるけれど どうしても思い出せない
詩人はにっこり笑った
それで私は思い出した
ああ これは心が息をし始めた時に覚えた歌だ
言葉にすることさえできなかったあの頃
むしょうに歌が歌いたかった
歌いたくて歌いたくて 今にも泣きそうになりながら
ハモってみたメロディだった
それから私達はいくつものプリズムを通り
いくつもの季節を過ごし
詩人がとうの昔に忘れてしまった落とし物を拾ったりして歩いた
私はなんだかすっかり嬉しくなってわざと落とし物をした
いつかあの詩人が拾ってくれるかもしれないと
淡い期待をしている
by hannah5 | 2004-12-09 14:41 | 作品(2004-2008)