私の好きな詩・言葉(143) 「男と女」 (相生 葉留実)   


男と女


男は火で
女は水なのです

それで
男は一時的にも潤いたいと思って
女の中の甕の水に
手を浸すのです

でもそんなことだけでは
自分の渇きを取り除くことは
できません

男は歩いていくのです
海へ向って歩くのです
靴も砂ぼこりでまっしろです
熱のために靴紐が切れると
裸足になって歩くのです
蹠まで灼かれながら

やっと海へたどり着いたとき
そこにはもはや水はなく
砂浜だけが
以前は水平線だったところまで
つづいているのです

女は
どこも
濡れてはいないのに
乾きたいと悶えているのです
その褐色の肌をあらわにして

女という心で生きている
この国のものたちは
水の中に昔から泳ぎ住んでいたので
足も腰も濡れているわけではないのです

女が夏の海で
はじめて男と呼ばれている生きものを見たとき
その男は
耳のつけ根から顳顬(こめかみ)を通り
髪にむかって
炎を立ちのぼらせていたのでした
女は《いつからこの人はこうやって薪を燃やしているのだろう
 昔からそうなのかしら》と思ってみたのでした。
女は水の中から出てきて
「その薪を私にください。私はこんなに濡れているのですから」
と、声に出していったのです。
「甕には水があふれています」
とも言って誘ってしまったのです。

男は今にも燃え出しそうな木片を集めて
一隻の船を造り
女そのものといいたげな
海の上へ
浮かべたのでした
そして 船の上で
女の着衣を脱がせはじめるのです

髪から雫が垂れるのを見て
女はやはり
自分の体が濡れていることを知るのです
それで男に向っていくども
私の体を乾かしてください
といおうかいわないでおこうかと、
何時間も思い迷って 仕方なく
男のシャツを一日がかりでやっと一枚
洗濯するのです。


(相生葉留実詩集 『舟にのる』 より)





ひと言

今通っている詩の教室で紹介された作品。印象に残った作品だったので、この作品が収められている詩集を買い求めた。

男は火で女は水という発想が面白い。男と女が出会って恋に陥る。女は男によって乾くことを夢みて男の元へと船出し、男は女によって濡れることを夢みて女の元へと舟を出す。うんうん、と思って読んでいくうちに、最後に男のシャツを洗濯する話が出てきて、結局男女が結ばれて行き着く先は刺激的な高揚ではなく、どこまでも平坦に続く日常の営みなのだと思わされる。そこには夢に描いていたような甘い男女の関係はなく、「仕方なく男のシャツを一日がかりでやっと一枚洗濯する」ような男の身のまわりを世話する関係が待っている。これを幸せと感じるか、退屈と感じるかはその人の人生観によるだろう。

詩集には全部で25篇の詩が収められているが、どの作品も個性的で面白い。相生葉留実さんが亡くなってからご主人が詩集として編まれた。



相生 葉留実(あいおい はるみ)

1940 京都市上京区に生まれる
1967 板並道雄、河合貞子らと詩誌 『卍』 創刊により、詩の世界に進む
1995 俳誌 『槙』 (主宰平井輝照敏)に入会し、俳句に表現の場を移して指導を受ける
2003 平井照敏死去に伴い 『槙』 終刊となる
2004 『翡翠』 (主宰鈴木章和)創刊に参加する
2009 1月 子宮癌により急逝する
詩集 『日常語の稽古』 (思潮社)、『紅葉家族』 (現代文学刊行会)、『饗宴』 (共書詩集)(銅林社)、『舟にのる』(ワニ・プロダクション
句集 『海に帰る』
参加雑誌: 詩誌 『卍』 『言葉』『魔法と新鋭』 『アンタンシテ』、俳誌 『槙』 『翡翠』、その他 『短説』 『春風』 『鰐組』
(詩集 『舟にのる』 著者略歴よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2010-08-20 18:35 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by nao-photos at 2010-08-26 22:14
お久しぶりです♪ nao-photosこと、nao-comです。
皆さん変わらずアップされていて嬉しいです♪
かなりの猫ちゃん好きの私ですが、今は一緒に住めないので、
皆さんのブログなどで癒されています♪
Commented by hannah5 at 2010-08-27 01:48
nao-photos さん、お久しぶりですね!
相変わらず当ブログを見てくださってありがとうございます。
猫は思った以上に個性的でかわいい動物ですね。
またお気軽にお立ち寄りくださいね。

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