私の好きな詩・言葉(145) 「符号のように」 (和田 まさ子)   


符号のように


終点を過ぎても走っている人がいて
ついていくと意外にジグザグで走っていた
アスファルトの表面はざらついた動物の肌のようで冷たい
そこらじゅうにある凹凸
足をとられてころびそうになるのをこらえるとき
膝にきゅっと力が入る
終点と思うのはいつも通過点で
その先がある
走っていると道路が銀色に発行するのが見える
アスファルトに汗のようなしずくが盛り上がり
水浸しのようになってくる
ひたひたとくるぶしまであがってくるものがあって
氷のように熱い

何に向かって走っているのか
聞いてもしかたないことは聞かない
たぶん感情をもてあまし
それをふりこぼして
走っていくのだ
どこにも着地できない者のために地面はある

つんのめりそうな
前傾姿勢のまま
人生に突入していくことは無謀だ
どこかで軽く生きていくふりを学ばなかったのだろうか

角を曲がるということを知らない走者
         「実験は成功したか」
         「科学者たちに誤りがあったそうだ
          明日の新聞に載るだろう」

体内の湿度が上がり
記憶がぼんやりしてくる
いくつかの折り合いのつかない問題で
走りながら悩ませられる
ひょっと角から出てくる子どもにおびえたり
くりかえし悪い記憶を牛のように咀嚼したり
手を握ってそれらに耐える






走るのか
雨粒が顔にかかる
空からの符号のように届くもの
それはことばのかけら

         た
    ま
           し
               い
         も
              は
        し
                  る
             の
                       か

片足が攣れてきた
助けを求める人もいないから
止まるしかない
ふくらはぎの肉がきんきんつっぱるので
地面にうずくまる
「保健室は消毒液をばらまいたいい匂いだった
                  そこで起きた秘密のこと
                  ぜったいに泣かない少女だった
走者がちらりと振り返るので
告げる
                  先に行ってください
                  草にしるしをつけて
                  わたしたちは兄妹なのだから
                  一億人の中からでもあなたを見つけ出すでしょう
ゴールはここではないとわかっている
ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家はまだ遠い
そこで煮えたぎった大なべに放り込まれるのよ

世界はボール
わたしたちをはずませて
   遊んでいるのでしょ
         静かな音楽をかなでてはいるが
            中心にあるのは死
       そこに磁石のように吸いついていかないために
             走る 走る 走る

「どうしたの
「たおれているわ
「息は
いっせいにかかわろうとする人びと
わたしの平和は手を放れた風船のなかにある
風が起こる
空は運命を吸い込むように
軽々と風船を抱え上げ
過去を抱え上げ
未来を小包のように落とす
拾った人は
こっそり紐を解く
そしてだれにもいわない
不遇な人生のことなど

「お兄さん
走ってください
走るしかないのです」
逃れるためには

(和田まさ子詩集『わたしの好きな日』より)






もう一篇


祖母の部分


酸化しはじめた
わたし

皮膚が色を変えてきた

わたしのなかではすでに母は発達し
祖母の萌芽がある
今日のわたしが好むのは祖母の部分
わたしはあざやかなものを欲し
やたらに人生という物差しをつかう
物語ることが好きで
男のうそを寛容する
おろおろする母を
たしなめたりするのだ

そうやって
女はいくつの年齢をも体内にもっている
少女だったことは小指に住まわせ
中性の母を胸の間に住まわせ
アルカリ性の祖母を耳の中に住まわせて
わたしを生きている
ときどこそこから光を放っている

今日祖母であるわたしは
明日は母であるわたしになり
男を抱きよせる
あさっては少女のわたしになる
そして
男を邪険に扱ったり
泣くまで叱責する



ひと言

詩の教室で紹介されて初めて読んだ詩人の詩集。最初に、「祖母の部分」に惹かれた。老いてくると人は多かれ少なかれ自分の老いにため息をつくようになる。身体の衰えだけでなく、精神的にも衰えてくる人が多い。けれど、この詩人は老いることに否定的になっていない。それどころか老いを詩のエッセンスとエネルギーに変えて発信する。私が特に好きなのは
   「わたしのなかではすでに母は発達し
   祖母の萌芽がある」
という部分である。母は卒業したのではなく発達したのだ、発達した母の先には祖母が芽を出しかけている、なんていう発想、素敵ではないか。うん、詩も生き方もこんなふうにありたいね。

人と人が繋がり合わないで生きている時代になった。でも、和田まさ子さんの作品を読んでいると、誰も共鳴し合わないこの世界の中で、万人が互いの人生に共鳴していることを感じる。詩の世界には人間回帰への希望がある。

(詩集には和田まさ子さんの履歴がありませんので参照することができませんでしたが、作品だけでも十分であろうと思います。)
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by hannah5 | 2010-12-29 15:18 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented at 2011-01-10 18:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hannah5 at 2011-01-10 19:30
鍵さま、コメントありがとうございます。
良い作品に巡り合えて幸せに思います。

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