私の好きな詩・言葉(147) 「春雷」 (中村 梨々)   

春雷


目を開けるとまっしろな世界で、それはまぶしさに失ったとき。水のような手でやわらかく。抱かれた。セリバオウレンの茎根に沿って、はじめて息を呑む。晴れだった。のたうちまわるよな雨がわたしを付け足して。きのう、生身に近い。順序はまだ濡れていたり手足のまどろみ。ふくらむ菜園に芽を摘むコウノトリ。豪雨の跡がくっきりとまぶたを腫らすと落日。滑り込むうろこ。瞼の裏にひらめく海の藍や枯れた緑や。固く閉ざされた貝殻の模様をわたしは見ていた。湿地になって。

幾重にもひらいた夜の記述、すくった朝の舌のつめたさ。

やさしく途切れるように血液はめぐり、瑞々しさに朽ちてゆく。耳の奥で町はなんどもよろめいて影を放した。ひそかな逃亡の隣で、ほほえんで、

暗く伸びやかな喉は背びれに息を吹く。かすかな振動にふさがる水面。ゆれながら引き、引き返すくちびる、くちびるのなかに町の明かりが遠ざかる。送電線ぜんぶ引きちぎる、乾いていくのだから

皮膚からガラスの焦げた匂いがする。姿をかえて異国。白い砂をすくって音は静か。真後ろの水際を呼ぶ、おいで。手のように握って頬のようにつねって陸にあがれば、断たれた水路。風速にしかばねが切れていく。ばららあばラ骨、壊れる。(わたしはいちどこわれたかたち。(はじめて会ったものにこわされてゆくの))。

なめらかな身体にして。鼓膜に消えて。何も持っていなかったことを誇りに思うよ、忘れたことに斜めの線を引いて、木琴を叩く。

走り去っていくことは、ことば、焦げた匂い、水の尾根。雨が降るとわしづかみにした尾、海図に合わせて、荒れ。ぬめりで踏みしめゆく町。町のなかの片鱗。片鱗のなか、衰退。空き箱、路線。見渡すかぎりの整列。語謬。睡蓮にくるまる蓮々と。とどろく雲の。

まもなく、嵐になる首筋。

(現代詩手帖4月号入選。野村喜和夫選)





ひと言

詩は、どんな作風であれ、言い訳じみた作品は嫌い。人の顔色を伺って、足元のゆるい作品は嫌い。詩は、雨が降っても嵐になっても大雪になっても、どこにも寄りかからず、後ろを振り向かず、一本の綱の上にすっくと立ち、前方を見つめてまっすぐ進んでいくのが好きである。

現代詩手帖4月号に入選した中村梨々さんの作品。野村喜和夫さんがこう評されている。「「春雷」からは、もう何度もこの人の作品に接してその作風は知っているはずなのに、まるではじめて中村作品に出会ったかのような、不思議な驚きがもたらされた。私が不明だったのか、作者がひと皮むけたのか。いずれにせよ、あらまほしき狂気の息吹がここにもめぐって、シンタックスの豊かな欠損やゆらぎをつくり出している。」
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by hannah5 | 2011-04-11 23:18 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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