日本の詩を読む V   


11月4日(金)は「日本の詩を読む」の講義でした。取り上げたのは岡田隆彦の詩集『史乃命』でした。

岡田隆彦は読んだことがありませんでしたので、現代詩文庫の『岡田隆彦詩集』を買って一夜漬けで読みました。正直あまりピンと来るものがなかったのですが、野村さんの講義を聞いて、1960年代を代表する詩人だったことを知りました。戦後の高度成長期の社会には、社会全体に爆発的なエネルギーがあり、それは文学の世界においても例外ではなかったようです。

詩集の題名は最初の妻、史乃さんから取ったそうで、題名からわかるように恋愛詩です。戦後の恋愛詩の「金字塔」と言われたこの詩集には、現在では消えてしまった言葉そのものへの信頼と熱いエネルギーが溢れています。その中でもひときわ熱いと思ったのが「史乃命」。男性の性愛の詩が謳歌できた時代だったようです。(次回の講義は那珂太郎の『音楽』です。)


史乃命


喚びかける よびいれる 入りこむ。
しの。
吃るおれ 人間がひとりの女に
こころの地平線を旋回して迫っていくとき、
ふくよかな、まとまらぬももいろの運動は
祖霊となって とうに
おれの囲繞からとほくにはみでていた。
あの集中した、いのちがあふれるとき、
官能の歪みをこえて、
おまえの血はおれを視た。世界をみた。しびれて
すこしくふるえる右、左の掌は、
おれの天霧るうちでひらかれてある。
おれは今おそろしい と思う。
飛びちらん この集中した弾みのちから!
愛を痛めるものを峻別するだろう。
聴け 明澄音は、
いとも平常な表情をして、
吹きあげる史乃の言だまであり、
猛禽類を臭い海原へさらって、
おまえは路上軌線などの斜に佇んで、
しごとへつく男 なにかをひらってくるおれ
くしゃくしゃの通勤袋なんぞを振って出ていく男へ
朱い丸い光をフッフッと
投げおくっている。護符のように
おれにぶらさがっている形式はすべて
照りはえよ。きらめけよ ときに
豚殺しの手斧のように。

フッフッと
いわし雲からまた反り、おまえのオッパイの
鼓動が素朴にころがっているよ。
出きあいのブラウスがおれの街まちに素朴に
ヒラヒラしていて、流行り歌や
足はこびをつかまえて、
律動しているよ。
実りあるべき目ざめはひる日中進んでいく。
史乃とおれとの遠感が
意識をはぐくみ、目的と等閑とに意識を頑なに
そして敏捷に応えさせているのだ。
ひとつ温い声 官能の歪みにゆがんで、
三千世界におちこむ心あり、ふたつ
流砂をたえて舟に帆をあげる、また心あり。
おそろしい峻別が、
人間群落をかこむ侮蔑的な千重のわくが
むなしい音をたてて追ってくるのを フッフッ
切るだろう。
おれはひと筋道に勇みこころをふくらましていく。
おれの固有の経験のかけらをもろもろ
祖霊の唇や肺気泡、熱っぽく深い、
容れもののなかに吸いとろうとする女・史乃。
川 乳房 耕地のうえの空 たとえば、
ふかい腰は形象と非形象の分けつより
一歩先んじてしまっていて、
(心ねと唇たちを たれが分離できるだろう)
(言ってごらん)かわ ちぶさ
はたけのうえのそら。視ている深いひとみ
みがまえている深い川

おれが持続する証しは こんなにも美しい実体だ。しの。この東京の橋桁の下もインシュージアムズのまためくるめき 唯一ひとの女はますます黙りこくって巨きな星になり得る。おれの日常は 食事をとることも 真赤になること、窓から顔をのぞかせるのも あふれるもののために 聖なる鼠が狂的に織りなす形式か。おまえの好きなおれの熟した丸いしるしも しの 即時の磁場に乱れはねちって見よ! いちじくのように開いている。(そんなに吸いこむなよ)おまえの脚腰 平たいおなかは どこかの始源がのこした壁の羅列して敷きつめぬかれた青いトビ魚や鳳の絵のなかに 活きているのだよ。

抱きあって形ないしぐさをくりこむあとに
そっと息を吹きかけあう疲れの汗は、
数分、たれのものでもないお祈りで、
とてもたまらないほど排卵している。
いのちの紀念や時の跡ではなく、
エナージーそのものでしかなく 史乃 おれの光をもらう喜びは倖せをひとっ跳び。
形にかたまらず 翔んでいるよ。
さあ どんな方角へも動いていける。
欣喜雀躍の羽羽はまこと麗しくヒラヒラヒラ、
涙も嘆いきもついていけない。だからこそ
女ひとはまたいつか死ぬるだろう。
その死は史乃の死か おれの死か
一体たれが区分けしてみせる?
あふれるおまえの赤い夜の川のなかで唯今、
唇たちに吸われて唯今 おれが 唯今
たしかに放らつだからこそ、ここに
おまえが唯今いるからこそ、
オッパイなんかあてどなく、
彫りおこそう クソッタレ
史乃命。しのいのち。

おれは豊穣な畏怖に祭られている おまえの流れとその淵を体現せしめるおれのちからの息吹腔からフッフッと 青そらを転がして還魂し そのうえ 飛天をくるしげに生み散らす。これはとほい秘めごとだ。

(岡田隆彦詩集『史乃命』より)
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by hannah5 | 2011-11-06 20:25 | 詩のイベント | Comments(2)

Commented by 革命詩人 at 2014-07-11 00:47 x
史乃命や夏をはかる唇なんて恋愛詩の金字塔どころか日本詩史の金字塔。
詩を書くんならこんな詩を書きたいものです。
Commented by hannah5 at 2014-07-11 19:36
革命詩人さん、コメントありがとうございます。
迫力ありますよね。
命をつかみ出して書けるようになったら、本望じゃないかしら。

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