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私の好きな詩・言葉(24) 「ため息を袋に集める」   

前川さんの詩を読んでまず感じるのは、人間に対する前川さんの優しさだ。どの詩を読んでも前川さんは優しいと思う。疲れたり、悩んだり、苦しかったり、悲しかったりする人々の声にならないため息をひとつづつ掬い取り、人々の傍に寄り添う詩を書く。人の気持ちを代弁し、同時に人の心をほっとさせる。

優しいなあと思っていたら、そのことを前川さん自らがちゃんと紹介されていた。ブログのタイトルにもなった「ため息を袋に集める」は前川ブログの原点である。(ため息を袋に集める


ため息を袋に集める


リサイクルが流行っているので、
袋を持ってため息を集めに行った。

区役所、税務署、裁判所、
職業安定所、
子供の人権110番と回って、
なかなかの収穫だった。

老人ホームでは不思議と
ため息が少なかった。
葬儀場では、
恐くなって逃げてきた。

産婦人科の待合室と
結婚式場の花嫁の父控え室で
画期的な収穫をあげて、
俺は家に帰り始めた。

駅の階段の踊り場で、
ヨタヨタ上がってくるお婆ちゃんを待ち構えて、
お婆ちゃんが踊り場で足を止めて腰に手を当てたところで
すかさず袋をかざしてため息を採取する。
ホームにあがって小さな喫煙スペースに群がる
白いため息を採取する。
電車に乗って窓ガラスにこびりついたため息を
こそぎ採る。
首つりロープみたいな吊革にぶらさがって
眠ってるオジサンの寝息は
全てがため息のようだ。
網棚にうち棄てられた新聞紙の紙面が、
遠い国の戦争をため息混じりに伝えている。
いつまでたっても音質の悪い車掌さんのアナウンスは、
喋るため息のようだ。
そして電車は次のホームに時間ギリギリで辿り着き、
ため息のような音をたててドアを開き、
人の波を吐き出す。
再びため息混じりに扉を閉めて走り出す電車を見送ってから、
俺は家に帰った。

母親が俺に言う
「まったくお前は、まともな勤めもしないで、
 詩だかなんだか知らないけれど、
 昼間っから人様のため息集めてくるなんて、
 情けない、ああ情けない。」
灯台もと暗し、わざわざ出かけなくても
家にため息はたくさんあった。

そして俺は部屋で集めたため息を並べる。
充満するため息は、
男子柔道部の部屋よりも、
四畳半でセイウチの群と暮らすよりも、
俺を息苦しくさせた。

ほんの少しかもしれない。
俺が引き受けられるため息なんて、
それでも俺は人々のため息を
部屋でコツコツとリサイクルして、
ここでこうやって詩を読んでいる。

by hannah5 | 2005-01-16 11:56 | 私の好きな詩・言葉

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