日本の詩を読む V   


12月16日(金)は「日本の詩を読む-戦後の名詩集を読む」の5回目の講義でした。取り上げたのは谷川俊太郎の詩集『コカコーラ・レッスン』(1980年 思潮社)でした。

谷川俊太郎の詩の中でももっとも現代詩的な詩を収めた詩集が『コカコーラ・レッスン』であろうと思います。谷川俊太郎の詩に少しは感化を受けた私でも、え、谷川俊太郎ってこんな詩も書くの?と思わせるほど、私にとっては意外な作品ばかりでした。コカコーラはアメリカ資本主義を代表するもの、もっとも詩的でないもの、レッスンとは訓練とか練習という意味で、「非詩的な素材から詩を書く練習をした」というのがこの詩集のタイトルの意味だそうです。

教室で読んだ作品は「Venus計画」「未定稿」「(何処)」「小母さん日記」でした。この中でも「小母さん日記」は私自身、両親を介護してきたことからもっとも身につまされて読んだ作品です。介護のことやアルツハイマー型認知症になって人格さえ変わってしまった両親のことは未だに作品にすることすらできずにいますが、アルツハイマーに侵された母親を小母さんという形で詩に書いた谷川俊太郎の筆の大きさと力量に圧倒されるものがありました。作品は長いのでここではその一部をご紹介します。


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小母さん日記


小母さんが土手の上にしゃがんでいるのが見える。うしろで大きな煙突が煙を吐いている。小母さんにああしろとは言えない、こうしろとも言えない。小母さんは小母さんだ。今夜はこんにゃくを煮るそうだ。

(中略)

おなかがすくと小母さんは鍋の中のものを手でつまんで口へほうりこむ。三日つづけて風呂へ入るかと思うと、一月も入らないことがある。ぼろぼろになった半衿を誰かが盗んだと言って騒ぎだす。そのくせふとんの下にかくした株券のことはすっかり忘れている。小母さんがばらばらにこわれてゆく。だがその中にまたもうひとりの小母さんがいる。まるで子どものころに買ってもらった寄木細工の箱のようだ。箱の中に箱があり、その箱をあけるとまた箱があり、その箱の中にもっと小さな箱が入っている・・・・・・かくしていたものを小母さんは次々とあらわにしてゆくが、箱とちがって小母さんはからっぽになることはない。どれがほんとうの小母さんかと問うのは愚かなことだ。矛盾と混乱こそが小母さんそのものだ。だが正直すぎるそんな小母さんが、ぼくはときどきひどく憎らしい。あばかれるのはぼく自身だから。

(中略)

犬の腹を撫でながら、小母さんは小声で犬に話しかけている。犬の喜ぶのが小母さんは嬉しくてたまらない。小母さんが永久に犬を撫でつづけるのではないかと思って、ぼくはその情景から目が離せなくなる。だがやがて小母さんはゆっくり立ち上り、家の中へ入ってゆく。ぼくに残されたものは、息のつまりそうなひとつの感情、それに名前をつけることがぼくにはどうしてもできない。

(谷川俊太郎詩集『コカコーラ・レッスン』より)







谷川俊太郎(たにがわ・しゅんたろう)

1931年生まれ。
詩集:『二十億光年の孤独』(創元社 1952)、『六十二のソネット』(創元社 1953)、『愛について』(東京創元社 1955)、『谷川俊太郎詩集』(東京創元社 1958)、『あなたに』(東京創元社 1960)、『落首九十九』(朝日新聞社 1964)、『谷川俊太郎詩集』(思潮社 1965)、『旅』(求龍堂 1968)、『谷川俊太郎詩集』(角川文庫 1968)、『谷川俊太郎詩集』(思潮社 1969 現代詩文庫)、『うつむく青年』(山梨シルクセンター出版部 1971)、『空に小鳥がいなくなった日』(サンリオ 1974)、『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(青土社 1975)、『定義』(思潮社 1975年)、『誰もしらない』(国土社 1976)、『新選谷川俊太郎詩集』(思潮社 1977 新選現代詩文庫)、『そのほかに』(集英社 1979)、『続・谷川俊太郎詩集』(思潮社 1979)、『コカコーラ・レッスン』(思潮社 1980)、『わらべうた』(集英社 1981-82年)、『日々の地図』(集英社 1982)、『ワンス』(出帆新社 1982 「Once」集英社文庫)、『現代の詩人 9 谷川俊太郎』(中央公論社 1983)、『どきん』(理論社 1983)、『日本語のカタログ』(思潮社 1984)、『手紙』(集英社 1984)、『詩めくり』(マドラ出版 1984)、『よしなしうた』(青土社 1985)、『谷川俊太郎』(藤富保男編 ほるぷ出版 1985)、『空の青さをみつめていると』(角川文庫 1985)、『朝のかたち』(角川文庫 1985)、『メランコリーの川下り』(思潮社 1988)、『はだか』(筑摩書房 1988)、『魂のいちばんおいしいところ』(サンリオ 1990)、『うつむく青年』(サンリオ 1990)、『女に』(マガジンハウス 1991)、『詩を贈ろうとすることは』(集英社 1991)、『谷川俊太郎詩集 続続』(思潮社 1993 現代詩文庫)、『これが私の優しさです』(集英社文庫 1993)、『地球色のクレヨン Happy birthday earth3 子供地球基金編』(メディアファクトリー 1993)、『十八歳』(東京書籍 1993年)、『世間知ラズ』(思潮社 1993)、『旅』(思潮社 1995)、『モーツァルトを聴く人』(小学館 1995)、『いしっころ』(岩崎書店 1995)、『真っ白でいるよりも』(集英社 1995)、『いろはうた』( いそっぷ社 1997)、『やさしさは愛じゃない』(幻冬舎 1996)、『谷川俊太郎詩集』(ハルキ文庫 1998)、『みんなやわらかい』(大日本図書 1999)、『minimal William.I.Elliott』(思潮社 2002)、『はるかな国からやってきた』(童話屋 2003)、『夜のミッキー・マウス』(新潮社、2003)、『あなたはそこに』(マガジンハウス 2003)、『シャガールと木の葉』(集英社 2005)、『谷川俊太郎詩選集 1-3 田原編』(集英社文庫 2005)、『いまぼくに』(理論社 2005)、『すこやかにおだやかにしなやかに』(佼成出版社 2006)、『谷川俊太郎歌の本』(講談社 2006 歌詞集)、『すき』(理論社 2006)、『写真ノ中ノ空』(アートン 2006)、『私』(思潮社 2007)、『すてきなひとりぼっち』(童話屋 2008)、『ひとりひとりすっくと立って』(澪標 2008)、『子どもたちの遺言』(佼成出版社 2009)、『トロムソコラージュ』(新潮社 2009)、『詩の本』(集英社 2009)、『詩めくり』(ちくま文庫 2009)、『私の胸は小さすぎる』(角川学芸出版 2010)、『みんなの谷川俊太郎詩集』(ハルキ文庫 2010)、『まんま』(徳間書店 2011)、『東京バラード、それから』(幻戯書房 2011)
(詩集の他に絵本や童話、翻訳など、多くの作品集があるため、ここでは詩集のみを列記しました。)
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by hannah5 | 2011-12-18 21:18 | 詩のイベント | Comments(0)

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