私の好きな詩・言葉(148) 「庭」 (新井 豊美)   





そこで人々は耳をひらき
廃れていく時の培養基
褐色した印画紙の
(紙の中をながれる風の音)
時の⦅息⦆に聴きいっていた

ゆくために
必要なものはなにもない
(手ぶらを)
  (見えているそのままの姿を)
    (奪い取って)
そしていつのまにか
写真のなかの最後の一人となった子供だけが
見知らぬ星の形見として地上に残される
(かなしいとすればそのことだ)

沈黙に人々が与えたたくさんのうつくしい呼び名
  (廃家の)、(廃庭の)、(廃市の)
    (閉じられた手箱の・・・・・)、(思い出の・・・・・・)

言葉
失われた数々の季節をよみがえらせるために
水底の凍った泥をかきまわす春の魚
そのちいさなあかい胸鰭
芽吹くはしばみの枝を折って池の中にさしこむと
ふくらむ水の腹を枝はつらぬき
あざやかに溶け入る血

流れおりる枝先からさみどりの水滴にふくらんで
滴の音が
耳の濁りをいっとき
透明にする


(現代詩手帖1月号掲載)






ひと言

何をどう考えればいいのかわからない。先生は静かにあっという間に逝ってしまわれた。ついこの間まで荻窪の教室で教えていらしたのに。先生の教室に通うのが楽しかった。月1回の教室。静かに作品を読み、きちんとした評をくださった。現代詩でなければならないことはなかった。現代詩でも抒情詩でも優しい詩でも、どんな詩でもいいと言われて、私たちの持ち味を大事にしてくださった。その大らかな自由さが、ぎらぎらして競い合う詩の世界に疲れ始めていた私に詩を書くことの喜びをふたたび与えた。やっとつかみ始めた方向だった。でも、その先生はもういない。




新井 豊美 (あらい とよみ)

1935年、広島県生まれ。
本名、豊實。
2009年-2011年 日本現代詩人会会長。
2012年1月21日、呼吸不全のため死去。享年76。
詩集: 『河口まで』(地球賞)、『夜のくだもの』(高見順賞)、『新井豊美詩集』(現代詩文庫)、『切断と接続』、『シチリア幻想行』、『草花丘陵』(晚翠賞)
著書:『苦海浄土の世界』、『半島を吹く風の歌』、『[女性詩]事情』、『近代女性詩を読む』、『女性詩史再考』(詩の森文庫)
(Wikipedia 「新井豊美」参照、一部抜粋)
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by hannah5 | 2012-01-30 01:49 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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