私の好きな詩・言葉(26) 「若い母親から子どもたちへの遺言」   

今日は詩ではなく、言葉のご紹介です。

人はどのようにして死を迎えるのでしょうか。私の両親はともに80歳を過ぎ、呆けの進んだ母はほとんど寝たきりの状態です。父は今年になってから2回、脳梗塞で倒れました。日一日と体力が衰えていくのがわかります。弟も私もそんな両親を見守りながら、胸が詰まるような思いでいます。

呆けて行動がおかしくなってきた母とどう付き合ったらいいのか。年を取るということは、いつ呆けがくるとかどのように癌になるとか、予測がつくものではありません。頭の回転が速かった母は考え方も柔らかく、よく本を読んでいましたが、呆けてまともな話ができなくなり、その上おかしな行動を取るようになりました。

そんな折に日野原重明さんの『テンダー・ラブ』という本に出会いました。日野原さんは現在94歳、聖路加病院の理事長を努めています。

「母親から子どもたちへの遺言」は、乳がんに冒され、余命いくばくもない若い母親が、あとに残る7歳と9歳の息子達のことを思って綴った手紙です。手紙は彼女のお葬式の日に読まれました。乳がんの診断を受けた彼女は息子達のために童話を出版し、誕生日や中学入学祝い、高校入学祝いの日が来たときのために送るメッセージの入った封筒を用意しました。

日野原重明さんは最後にこう結んでいます。「私はこの訣(わか)れのメッセージを目をつむって聴き、彼女の壮烈な死のなかに、二人の子どもたちへのメッセージが読まれる日の情景を心のなかに描きました。彼女は死後も子どもたちといっしょに成長していくんだと、分身としての子どもたちへの母親の愛の連続性を強く感じるのでした。」

本の帯に「愛しなさい。限りなく、悔いのないように愛しなさい」という言葉が書かれています。老いていく両親を見ることは辛いことです。けれど、最後まで精一杯愛することによって、悔いのない別れ方ができるのではないかと思います。

『テンダー・ラブ』にはこの他に、年を取ってから芽生えた恋の話や長らく暮らした夫婦の愛、愛する家族からのがんの告知など、心あたたまる愛の話が収められています。機会があったら一度読んでみてください。


「若い母親から子どもたちへの遺言」

「大好きな皆様へ
 私は、病に罹ってからのほうが、それ以前よりも自分らしさが表現でき、自然な姿の私でいられました。療養中はいつも大勢の方々に囲まれて、家族に愛されていることを体いっぱいに感じ、幸せな日々でした。
 健康で活動している頃は、他人と自分を比較し、高い目標をもってそれに向かうように努め、余裕もなく、忙しく、自分のおかれている状況に満足することなく、日々を過ごしていました。自分に咲いている花には気がつきませんでした。
 病になってから、やっと私にとって何が大切かわかりました。
 ありのままの私でいればいいということ。
 友人と語り合うこと、交わり合うこと、お互いを思いやることが、私の心をほっこりと温め、生きることが楽しいと思えること。
 ときには耐えることも必要であること。
 心配の先取りはしないで、神様のご計画に従っていればよかったということ。そのために、週にたった一度の平安な神様との時間を必ずもてばよかった。
 力を入れる必要はなにもなかったのです。
 私がこの短い人生のなかで、神様を忘れて、自分の道をいこうとしているときがありました。でも神様は、いつ、どんなときでも私を見つめ、見守ってくださり、こんな私の罪もすべて許してくださいました。
 小さい子どもを二人残すことは、やはり悔やまれてなりませんが、私の思いは彼らに届いていると思います。子どもたちは母親がいなくても、神様の守りのなかで、強く優しく育つと信じ、心配しておりません。
 しかし、もし聖と基が困っていることがありましたら、言葉をかけていただけたら幸いです。もし、聖と基にうれしいことがありましたら、ともに心から喜んでやってください。彼らの目には皆さんのなかに母親がたぶって見えてくると思います。
 楽しい思い出をたくさんありがとうございました。
 また、おしゃべりをしたいですね。
 いつでも私のことを思い出してください。
 すぐに心のそばに飛んでいきます。
 最後に、神様のもとに帰ることができることを喜んでいます。だから、どうぞ寂しがらないでください。私はいつまでも家族や皆様とともに生きています。
 どうぞお元気で、私の分まで長生きしてください。
 本当にありがとうございました。」

(日野原重明著『テンダー・ラブ』、第一章「訣れのときでさえ、人は、愛を交わすことができます」より)

天然の中で



日野原重明(ひのはら・しげあき)

1911年山口県に生まれる。37年京都帝大医学部卒業。41年聖路加国際病院内科医となり、内科医長、院長代理、院長を経て、現在、聖路加国際病院理事長・同名誉院長、聖路加看護学園理事長、財団法人ライフ・プランニング・センター理事長など。98年東京都名誉都民。99年文化功労者。早くから予防医学の重要性を指摘し、終末期医療の普及、医学・看護教育に尽力し、「習慣病」という言葉を生み出すなど、常に医療の先端を走ってきた。2000年9月「新老人の会」を結成。同年春から、雑誌『いきいき』に「生きかた上手」を連載開始。他に『生きかた上手』、『続 生きかた上手』等、200冊以上の著書がある。
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by hannah5 | 2005-01-30 15:20 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(8)

Commented by macoto at 2005-01-30 17:24 x
もとはひとつで 連続していたもので、表面では離れたように思えても その愛は綿々と繋がって。
それは 本当に感じることがあります。

私が大学病院で働き始めた頃 すでに聖ルカは 看護では日本のトップといわれていました。
care - cure
看護る(みまもる)・受け止める ⇔ 注意を寄せる(ICUに代表される)
受容 と 働きかけが 二律背反に陥りやすい性質があることに 気付かせてもらいました。

そうして その二者を、
 × 境界で分断
 ○ 相互で不足をフォロー
そんな感じが 看護協会トップが述べていた 入職時のオリエンテーションでした。

私は看護職ではありませんが、その時に感じた pureな感動を 忘れられません。
 How(いかにするか)は軽視してはならないけれども 根となる思いやりは絶やしてはならない。 と

単純で素朴なものが 最後まで残るものなのですね。
Commented by otias3 at 2005-01-30 20:46
はんなさん、こんばんわ。
「愛の連続性」って感動的な言葉ですね。
今度、日野原重明先生の著作を読んでみようと思います(^^)
Commented by sofia_ss at 2005-01-30 22:06
母親の早すぎる死は哀しいものです。
この温かいメッセージの裏側にある激しい葛藤を強く感じます。
言葉は優しいものですが、これは叫びです。
ですが、思いやりにあふれているものでもありますね。
うむ。

Commented by ksksk312 at 2005-01-30 22:18
hannah5様
自分はこの世にどんな遺言ができるのか考えてみました。
まあ、聞いてくれる人がいればの話なのだけど、とにかく自分なりに思い残しはあるだろうし、そこに自分の人生を象徴するものがあるのでしょうね。

父上と母上が健康で、hannah5さんが充実した日々を送られますように。
Commented by hannah5 at 2005-01-30 23:43
*macotoさん
>根となる思いやりは絶やしてはならない
その通りだと思います。
この先生はすごいと思いますよ。
日本人で、「限りなく、悔いのないように愛しなさい」と言うのは勇気がいると思う。
でも、よく考えてみると、これって本当は当たり前のことかもしれないですね。
だから、すごいと思います。
思いやりを充分にもてば、HOWは案外早くかたがつくように思います。

Commented by hannah5 at 2005-01-30 23:46
*otias3さん、本当にそうですね。
日野原さんの本は平易で読みやすいです。
でも書いてあることは、なかなか重くて、感動しました。
Commented by hannah5 at 2005-01-30 23:50
*そふぃ、本を読むと、この若いお母さん、かなり葛藤したことがわかります。
どんなに心残りだっただろうかと思います。
そして、こう言えるようになるまで、どれほど試されただろうか。
信仰は人を強くしますね。
Commented by hannah5 at 2005-01-30 23:54
*ksksk312さん、ありがとうございます。
死ぬときは、それまで積み上げたり培ってきたものを一切置いて行かなければなりません。
母を見ていると、それが安らかにできているように思います。
全然心配してないみたいです。
だから、私もそれにお付き合いしています。

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