私の好きな詩・言葉(151)「遠泳」(秋 亜綺羅)   


遠泳


公園のブランコはひとりで揺れている
青い鳥が犯された

遮断機が降りたまま
踏切の向こう側で
あなたは幼くなっていく
待つなんてできない、たぶん

鏡がわたしの真似をしない
瞬間があってね
わたしがあなたになるときなんだ

鉄砲かついだ詩人が
ずどん!

あなたはまぶたを
閉じていたか

あなたのメガネのレンズは
真っ白だった
涙の塩
どんなに涙を流せば
こんなに白くなるのだろう



すべてのものはゼロで割ると無限大になる
焼酎のゼロ割りでも注文しようか

どうして遠くのものは小さく見え
どうして近くのものは大きく見えるのか

振り向くまえの背後は
無限大だろうか

幽霊たちの影たちと
一周遅れの長距離ランナーたちと
夢からさめると若くなかった少年がひとりと

夢からさめると
銀河は机の上にしかなかった

だれかは出発し
だれかは到着した
だれかは乗り越えた

明けない夜だってあるさ
溶けないチョコレートだってある
だけどチョコレートの闇は明けないんだ
だれとも他人なのだし
ひとりにしか感じないものなんてなく
夜は太陽をのみ込んだ



一九七五年十二月三日、あなたは跳躍した

大人用紙おむつを至急スーパーマーケットで
それを包んで捨てる古新聞紙をとりにアパートまで
洗面器とバケツとタオルはお風呂場
部屋にある原稿、雑誌、手紙類は焼き捨てて
それから田舎に電話して。困っている、と
それから仰向けのままジュースが飲める曲がるストローを。

キャン・ユー・ロール・ハー
アイ・キャント・ホールド・ハー

Rh+AB型保存血液七五〇ミリリットル、ブドウ糖五〇〇ミリリットル、果糖五〇〇ミリリットル、リンゲル液二五〇ミリリットル、鎮痛用麻酔注射六本、精神安定剤セルシンとバランスを一週間おきに交替して毎食後三〇分、消化促進のための胃腸薬毎食後三〇分、便秘予防のための下剤就寝まえ、新ブロバリン時に応じて、ヨーグルト一本、牛乳一本、鶏卵一個、ほうじ茶飲みたいだけ。

きのうとあしたをたして二で割れない
はじめてのきょうは存在した

振り向くことも
思い出したことも
裏切りも
憎しみもなく

あなたが呼びつづける音楽は
二匹のうさぎの子守唄になった

生まれつき片耳の白うさぎと
片耳がとれた白うさぎと

残されたのは
誕生未遂の白うさぎ

あなたが光と思っていたものは
光だったかもしれない

あなたが風と思っていたものは
風だったかもしれない

あなたが波と思っていたものは
波だったかもしれない

あなたが音と思っていたものは
音だったかもしれない

あなたが時と思っていたものは
時だったかもしれない

青い砂
青い雲
青い崖
青い船
青い汽笛
青い貝殻
青い足跡
青い陽光
青い穴
青い匂い

もちろん砂も、雲も、崖も、船も、汽笛も、貝殻も、足跡も、陽光も、穴も、匂いも
水溶性である

透明海岸

もちろん
蝶も
トンボも
タンポポの種子も

もちろん
鳥も
飛んでいる

鳥の島

机の上の銀河に
チョコレートのかけらが浮かんでいる
あなたの歯形が残ったままだ
三十七年になるかな

もう死にたいわけじゃなく
もう忘れたいわけじゃなく

遠泳
透明海岸から鳥の島まで

(秋亜綺羅詩集『透明海岸から鳥の島まで』より)







ひと言

去年3月、宮城県の知らない方から突然詩詩が送られてきました。詩詩には手紙が添えられていました。「こんにちは。お元気でしょうか。春はもうすぐです。と、書きたいのですが。震災発生から1年が近づいています。あの日はとても寒かった。雪も降っていました。風も闇も冷酷なものでした。(以下省略)」手紙は秋亜綺羅という不思議な名前の方からでした。「ココア共和国」という真面目なのかふざけているのかよくわからない題名の詩詩をパラパラめくってみると最後の方にブログのコメントのやり取りがそのまま掲載されていて、なんだかTOKYO POEKETなんかで手作りの自作詩集を売る若い子たちみたいだと思ったりしていました。お礼の手紙を書き、バックナンバーに野木京子さんの名前を見つけたので送ってほしいと書き添えました。それからいくら待ってもバックナンバーは送られてきません。大方ふざけた人なのだろうと思って忘れかかっていた頃、7月になってからお返事とともに「ココア共和国」7号と8号が送られてきました。それでも、この秋亜綺羅という人が誰なのかわかりませんでした(Wikipediaにも出ていないですね。)

そして今年、最新号のガーネット(高階杞一さん編集・発行)を見ていたら、詩集紹介欄に秋亜綺羅さんの『透明海岸から鳥の島まで』が紹介されていました。「昔、「詩芸術」という詩詩に投稿していた頃、著者は常連で、眩しい存在だった。三十七年前の恋人の自殺未遂によって言語失調に陥ったとあとがきに記されている。急に名前を見かけなくなった裏にはそういう事情があったのかと納得された。長い時間をかけて痛みを乗り越えたのだろう。本書では当時の饒舌な詩法が復活している。」それで、あ、と思いました。秋亜綺羅さん自身、あとがきの中で37年前に恋人が秋さんのアパートの4階の屋上から飛び降り自殺を計り、それ以来「言語失調」に陥ったと書かれています。

詩集には著者が言語失調に陥ることになった3つのこと(東日本大震災、幼年時代長く一緒に暮らしたじっちゃんが亡くなったこと、恋人が飛び降り自殺を計ったこと)などを中心にして書かれています。人が言語失調に陥るほどの経験は実は芯のところで他人と何も共有できないのです。いくら他人が助けたいと思っても、その人自身が自ら回復していかなければ、思いはその人に届きません。世の中のすべてから見捨てられてしまったという思いと、どうしようもない孤独と、はらわたに住みついた黒い鉄の塊と-それらにまともにぶちあたるかかいくぐるか寝たきりになるか。

  もう死にたいわけじゃなく
  もう忘れたいわけじゃなく

  遠泳
  透明海岸から鳥の島まで

そういうことなんだろうなと思った。37年という長さの分だけ。




秋 亜綺羅(あき あきら)

1951年生まれ。
宮城県在住。
詩集『海!ひっくり返れ!おきあがりこぼし!』(1971)
個人詩誌「季刊ココア共和国」(あきは書館)
(詩集よりコピー抜粋)
秋亜綺羅さんのブログ: ココア共和国
[PR]

by hannah5 | 2013-01-16 15:41 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

<< 日本の詩を読む VIII その6 詩と思想新年会 >>