私の好きな詩・言葉(152)「名をわたす」(岡田 ユアン)   


名をわたす


漆黒に咲く雷(いかづち)を
その海へ投げよ

あらゆる定義に楔をうつものの影を
追い払い
あなたを岸へわたす櫂を
水にさす

わたしを抱きあげたときのように
虚ろな黒からまもりぬくため
今 あなたの名を呼んでいる

ピエタのまねごとではなく
ただ胸に深く眠る光輝のきざしとして
あなたを抱きしめる

あなたに見えているものが
見えないとしても
この夜に
置き去りにすることはできない

闇は巨大なマントで覆われているだけの
舞台装置

そう信じて

名を呼び
櫂をこぐ

あるのは浮力と抵抗
名は夜に吸い込まれてゆく

死にひきわたすのではなく
つたえ聞いている絶望から逃れるため
名を呼び
櫂をこぐ
渡ってゆくのは自身の闇

やがて光が
おぼろな闇のほころびから
あふれていくとき
あなたは岸へたどりつく

水音のようにあたりに光がひびき
わたしは見知らぬ岸辺に打ちあげられる

夜の手あとが手首に残り
しわがれた声で
もういちどだけ
あなたの名を 呼ぶ

(岡田ユアン詩集 『トットリッチ』 より)






ひと言

言葉が何物にも寄りかからず、言葉本来の資質の上に立っている時、その言葉によって編まれた詩は純度の高い宝石のような輝きをもつ。その宝石は恐らく高い値がつけられるだろうが、価格より宝石そのものがもつ美しさに人は惹きつけられる。優れた詩とはそういう宝石のようなものだと思う。

ユアンさんは大病をしたことがきっかけとなって詩を書き出されたそうだが、その時の不条理感やいつになったら明けるのかわからない闇の感覚のようなものが詩集の処々をうっすらと覆っている。でも、本来のユアンさんはたぶんきらきらとしてはいなくても、明るい日差しの方を向いていられたのではないか、その明と暗がこの詩集の静かな深みへと読者を漕ぎ出させるのではないか、と思う。

『トットリッチ』 に収められている「明朝体」が第19回詩と思想新人賞に選ばれ、『トットリッチ』 は詩と思想新人賞叢書として刊行された。グレーに幾何学の模様を配した表紙や幅広の帯など、詩集の装丁もなかなかセンスがあって印象的である。尚、「名をわたす」は2012年詩と思想最優秀作品に選ばれている。


岡田 ユアン(おかだ ゆあん)

1976年生れ。
2008年 『善良な沈殿物』 上梓。
2010年、第19回詩と思想新人賞受賞。
日本詩人クラブ、日本現代詩人会会員。
(詩集よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2013-02-08 20:21 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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