日本の詩を読む IX その3   


6月17日(月)は「日本の詩を読む-女性詩人」の3回目の講義でした。今回は吉原幸子さんの作品を読みました。

講義を箇条書きにすると。
●告白の不可能性
●愛の詩人を演じる演技性
●  自己愛(ナルシスト)
●メタファーがない
●『幼年連祷』-言葉なき者から言葉なき者を言語化する

読んだ作品は「無題(ナンセンス)」「狂」「発光」、そして現代詩手帖に書かれた野村喜和夫さんの吉原幸子評「のうずゐの とび散るおと」でした。私にとっては嫌いではないけれど好きでもない吉原幸子の作品の中で、「狂」がもっともインパクトがありました。





目をつぶると
かわいた お茶の葉のやうに
のうずゐの とび散るおとがする

さんさんと 
殺さう 片わの うつくしいへび

馬がさかさまになって 月が出る
子を抱いて マリアは赤い涙をながす
指をけづって けづって
赤い字を 書くのです

いっぽんの 白い髪 たくさんの 白い髪
わるくないもん だって 夢がいけないんだ 紙が

自転車が 海のなかで ゆっくりと衝突する
指をけづって えんぴつのやうにとがらして
真赤な字を 何と書かう マリアさま

闇がくる 波がくる 熱がくる
ナイフがくる 猫がくる ガラスを破れ!

かはいそ かはいそ かはいそ
みんな だれもかれも

(吉原幸子詩集 『幼年連祷』 より)
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by hannah5 | 2013-06-21 16:36 | 詩のイベント | Comments(0)

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