私の好きな詩・言葉(155) 「Help!」 (池井 昌樹)   


Help!


性と詩に目覚めた中学生の頃、私はしかし胎内回帰願望も人一倍旺盛な少年だった。時代は昭和の真っ只中。地元商店街は活気に溢れ、パン屋も本屋も玩具屋も明るく綺麗な興奮(ときめき)に充ちていた。夏の夜には網戸を入れた南の窓から一斉に蛙声が起き、北の窓からは遠い潮の香が紛れ込んだ。大輪の打上げ花火も眺められた。ある夜その北の窓から空き地を隔てた隣家の瓦屋根に不審な人影が見えた。貧しげな屋内の明かりを背に人影はやおら何かを大音響で掻き鳴らすや訳のわからぬ何かを大音声で歌い始めた。歌といってもそれは異様に耳障りな騒音でしかなかった。何事かしらん。遠近の窓が次々に開いた。腰を折り背を反らし歌い続ける人影はスポットライトを浴びた悪鬼宛(さなが)らだった。しずかにしてッ。大学受験を控えた姉が堪り兼ねて叫んだ。うるさいぞッ。高校受験を控えた弟(私のことだ)も変声期前のボーソプラノで叫んでは隠れた。やがて明かりの中から別の人影が現れ、父親だったのだろう、有頂天な手を取りしきりに屋内へ連れ戻そうとする様子が見えた。半世紀近く昔のその夜を私は今も昨夜のことのようにありありと思い出す。あれから姉は第一志望の国立大学へ進学し、弟はクラスで唯一公立高校の受験に落第した。そして屋根の上の主役が地元で働き出したことを風の便りに聞いた。彼も今頃かつての自分のようなわが子に手を焼きながら達者でおられることだろう。あの夜彼が大音声で歌っていたのは当時売り出し中のビートルズだったことも後で知ったが、その楽曲は忽ち世界中の若者の心を捉え、その名は今や伝説となった。ビートルズの登場はかつての若者たちの心に巨きな蘇生を齎らしたのだ。屋根の上の主役の心にも。私は私の不明を恥じながら、しかし、あの歌声の陰で消えていった様々なもの――風鈴の音や七夕飾りや一斉に起つ蛙声や潮の香、パン屋や本屋や玩具屋や、その明るく綺麗な興奮(ときめき)を何時までも、何時までも忘れられないでいる。胎内回帰願望だろうか、それとも昭和の遺物だろうか。誰から何と言われようと、甍の波の何処かしら、金銀砂子を唱えながら、夜になってもまだ帰らない、少年の手を引きにくるもう誰もなく。

(池井昌樹詩集 『明星』 より)






ひと言

遠い昔の郷愁と懐古、少年だった頃の自分の敏感な感受性と一途な心、立ち並ぶ商店の「綺麗な興奮(ときめき)」。池井昌樹さんの作品にはわざとひねったり、技巧をこらしてかっこつけたような言葉遣いや漢字はない。しかし、読み進むうちに、抒情的なポエジーが立ち上ってくる。作者の名前を見なくても男性の筆致であることは比較的容易にわかるが、作品は男性的な風合いを壊すことなく、十分に美しい。詩集は「現代詩人賞」を受賞している。



池井 昌樹(いけい まさき)

1953年(昭和28年)香川県生れ。二松学舎大学文学部卒。12歳の時に生涯詩を書くことを決意。中学3年の時、山本太郎の選で全国学芸コンクール詩部門特選となる。

詩集: 『理科系の路地まで』 『鮫肌鐵道』 『これは、きたない』 『旧約』 『沢海』 『ぼたいのいる家』 『この生は、気味わるいなあ』 『水源行』 『黒いサンタクロース』 『晴夜』 (1977、藤村記念歴程賞、芸術選奨新人賞) 『月下の一群』 (1999、現代詩花椿賞) 『現代詩文庫164 池井昌樹詩集』 『一輪』 『童子』 (2006、詩歌文学館賞詩部門) 『眠れる旅人』 (2009、三好達治賞) 『母家』
(Wikipedia 「池井昌樹」よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2013-09-11 01:42 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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