日本の詩を読む X 「日本の訳詩集を読む その1」   


「日本の詩を読む」の新しい講義が始まりました。今回のテーマは「日本の訳詩集を読む」です。日本の詩は翻訳詩に始まったと言っても過言ではありません。古くは中国の詩を訳し、後に漢詩として日本に定着したのが日本の詩の始まりでした。そして、明治以降は主にヨーロッパの詩の翻訳が中心となりました。講師は野村喜和夫さん、教室は今までと同じ淑徳大学池袋サテライトキャンパスで、講義は10/7, 10/21, 11/18, 11/25, 12/2, 12/16, 1/6, 1/20の全8回(6.45 p.m. – 8.15 p.m.)にわたって行われます。

これからの講義のスケジュール
1. 明治の訳詩集:『海潮音』(上田敏訳)、『珊瑚集』(永井荷風訳)
2. 大正の訳詩集:『月下の一群』(堀口大学訳)、『草の葉』(ホイットマン)(有島武郎訳)
  この時代は「名訳の時代」と言われましたが、この時代あたりで訳詩集の黄金時代は終わりになりました。
3. 戦後から現代へ:フランスのシュールリアリズム、アラゴン、エリュアールなどのレジスタンス詩(抵抗詩)、パウル・ツエラン(現代)
4. 翻訳の詩学:2つの論考:折口信夫「詩語としての日本語」、ウオルター・ベニヤミン「翻訳者の使命」
5. ランボーの日本における受容史:ランボーのテキストをパロディにした野村喜和夫さんの詩

このスケジュールは講義の回数より少ないですが、必要に応じて講義の内容が追加されるため、最終的には講義予定の内容は講義日数と一致する予定です。


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第1回目の10/7は上田敏の 『海潮音』 (明38, 1905)から「燕の歌」、「信天翁(あほうどり)」、「よくみる夢」、永井荷風の『珊瑚集』(大2, 1913)から「死のよろこび」、「そぞろ歩き」を読みました。また「西洋の詩はいつ頃日本に移されたのか」(前 『珊瑚集』 )も講義されました。『海潮音』は典雅で荘重、格調高く、非常に美しい日本語で書かれていますが、それゆえに言葉が難解であり、大岡信さんから難しすぎると批判されました。しかし、この詩集はその後の日本の詩に大きな影響を与えました。



燕の歌    ガブリエレ・ダヌンチオ

     上田敏

弥生(やよい)ついたち、はつ燕(つばめ)、
海のあなたの静けき国の
便(たより)もてきぬ、うれしき文(ふみ)を。
春のはつ花、にほひを尋(と)むる。
あゝ、よろこびのつばくらめ。
黒と白との染分縞(そめわけじま)は
春の心に舞姿。

弥生来にけり、如月(きさらぎ)は
風もろともに、けふ去りぬ。
栗鼠(りす)の毛衣(けごろも)脱ぎすてて、
綸子(りんず)羽ぶたへ今様(いまやう)に、
春の川瀬をかちわたり、
しなだるゝ枝の森わけて、
舞ひつ、歌ひつ、足速(あしばや)の
恋慕の人ぞむれ遊ぶ。
岡に摘む花、菫(すみれ)ぐさ、
草は香りぬ、君ゆゑに、
素足の「春」の君ゆゑに。

けふは野山に新妻(にひづま)の姿に通ひ、
わだつみの波は輝く阿古屋珠(あこやだま)。
あれ、藪陰(やぶかげ)の黒鶫(くろつぐみ)、
あれ、なか空(そら)に揚雲雀(あげひばり)。
つれなき風は吹きすぎて、
旧巣啣(ふるすくは)へて飛び去りぬ。
あゝ、南国のぬれつばめ、
尾羽(おば)は矢羽根(やばね)よ、鳴く音(ね)は弦(つる)を
「春」のひくおと「春」の手の。

あゝ、よろこびの美鳥(うまどり)よ、
黒と白との水干(すいかん)に、
舞の足どり教へよと、
しばし沼がむ、つばくらめ。
たぐひもあらぬ麗人(れいじん)の
イソルダ姫の物語、
飾り画(えが)けるこの殿(との)に
しばしはあれよ、つばくらめ。
かづけの花還こゝにあり、
ひとやにはあらぬ花籠を
給ふあえかの姫君は、
フランチェスカの前ならで、
まことは「春」のめがみ大神(おおきみ)。



そゞろ歩き    アルチュール・ランボオ

       永井荷風

蒼(あお)き夏の夜(よ)や
麦の香に醉(ゑ)ひ野草(のぐさ)をふみて
小みちを行かば
心はゆめみ、我足さはやかに
わがあらはなる額、
吹く風に浴(ゆあ)みすべし。

われ語らず、われ思はず、
われただ限りなき愛
魂(たましひ)の底に湧出(わきいづ)るを覚ゆべし。
宿なき人の如く
いや遠くわれは歩まん。
恋人と行く如く心うれしく
「自然」と共にわれは歩まん。
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by hannah5 | 2013-10-14 17:19 | 詩のイベント | Comments(0)

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