私の好きな詩・言葉(31) 「笛」   

人は明と暗、陽と陰を交錯させながら人生を生きるように思う。ある時は明るい韻律を奏でたり、ある時は暗い音階ばかり続いたりする。また、長調(メジャー)が強い人生をもつ人と、短調(マイナー)が強い生き方をする人があるようだ。

文学が文学として今よりもっと尊ばれていた時代、悲しみや暗闇を美しい文学に高めた詩人や作家たちがいた。無頼、破天荒、破滅型の人生、陰鬱、かなしみ、妄想、孤独─どれも明るくはない。にもかかわらず、多くの読者を惹きつけたのは、言葉の美しさ、精神性と文学性の高さによると思う。

裕福な家庭の長子として生まれた萩原朔太郎は、幼少の頃、腺病質でよく熱を出し、異常に脅迫観念が強かったと言われる。彼は、幼年時代から人嫌いで神経質であり、常に孤独だった。孤独やかなしみは終世、朔太郎の詩の背後に流れている。

朔太郎の内面生活に大きな影響を与えた一人の女性がいた。妹ワカの女学校の同級生で、彼より4つ年下の馬場ナカという女性である。朔太郎は中学時代から彼女に恋心を抱き、彼女が医者のもとに嫁いだ後も思いを寄せ続けた。ナカへの思慕はナカの病没後にも妄想のような形で現れ、やがて朔太郎自身の結婚に破綻を来たす結果となった。「笛」にはナカの影がある。





あふげば高き松が枝に琴かけ鳴らす、
をゆびに紅をさしぐみて、
ふくめる琴をかきならす、
ああ かき鳴らすひとづま琴の音にもつれぶき、
いみじき笛は天にあり。
けふの霜夜の空に冴え冴え、
松の梢を光らして、
かなしむものの一念に、
懺悔の姿をあらはしぬ。

いみじき笛は天にあり。

(集英社『日本の詩・萩原朔太郎集』より)



さらに後年。。。

帰郷

   昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱へて故郷に帰る


わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽車は闇に吠え叫び
火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
嗚呼また都を逃れ来て
何所(いづこ)の家郷に行かむとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未来は絶望の岸に向かへり。
砂礫(されき)のごとき人生かな!
われ既に勇気おとろへ
暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。


萩原朔太郎 (1886-1942)

1886(明19)   11月1日、群馬県東群馬郡前橋北曲輪町に生まれる。

1902(明35)   短歌5首を前橋中学校交友会誌『坂東太郎』に発表。

1907(明40)   熊本第五高等学校第一部乙類(英文科)に入学。

1911(明44)   慶応義塾大学予科に入学したが、11月に退学。以後、短歌と詩を次々と
            発表。
            ドストエフスキー、ニーチェ、ポーなどを耽読。

1917(大6)    第一詩集『月に吠える』を自費出版。大きな反響を呼んだ。

1919(大8)    上田稲子と結婚。

1920(大9)    長女葉子誕生。

1922(大11)   次女明子(あきらこ)誕生。

1923(大12)   1月『青猫』刊行。7月『蝶を夢む』刊行。

1925(大14)   『純情小曲集』刊行。

1928(昭3)    『詩の原理』刊行。

1929(昭4)    妻稲子と離婚。

1931(昭6)    『恋愛名歌集』刊行。

1934(昭9)    『氷島』刊行。

1936(昭11)   『郷愁の詩人与謝蕪村』、『定本青猫』を刊行。

1937(昭12)   『詩人の使命』、『無からの抗争』刊行。

1938(昭13)   大谷美津子と結婚。

1939(昭14)   大谷美津子と離婚。

1940(昭15)   『昭和詩抄』刊行。

1942(昭17)   前年より体に変調を覚え、病状が悪化して肺炎を併発。5月、死去。
            享年56歳。
            没後、小学館、創元社、新潮社、筑摩書房から『萩原朔太郎全集』が
            刊行された。
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by hannah5 | 2005-03-06 23:57 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(6)

Commented by ice_01 at 2005-03-07 00:43
すごい。略歴まで載ってる。
勉強になりました(^-^)
Commented by hannah5 at 2005-03-07 14:08
*あいすさん、TBしてくださったのですね。
ありがとう^^
略歴は、本当はもっと詳細にわたって出ていたのですが、
あまりに細かすぎるのでかなりはしょりました。
参考程度に見てくださればと思います。
Commented by satsuki_ok at 2005-03-07 20:39
ん~。。。。。
無条件に唸ってしまうなあ。。。
姐さん、やっぱ、すごい人だな。。。
ぼくも勉強になりました!
Commented by hannah5 at 2005-03-07 22:51
*サツキさん、唸ってしまいますよね、こういう詩は。
これからも一緒に勉強しましょう。
Commented by satsuki_ok at 2005-03-08 21:05
は~い♪先生~♪(^^)/
Commented by hannah5 at 2005-03-08 22:51
*サツキさん、ニコ^^

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