日本の詩を読む XI 「金子光晴の詩の世界 その5」   


7月14日(月)は金子光晴の詩の世界の最終講義でした。散文と詩が交互に出てくる「人間の悲劇」(読売文学賞)、換喩によって書かれた詩「愛情69」、光晴の実存の底を書いた散文「詩人」を中心に講義が進められました。どの作品も光晴の人生観や人となりなどが色濃く反映されています。「人間の悲劇」は戦後の第一作(戦後になって初めて書いた)で、戦後の社会や風俗に対する社会批判・文明批判が書かれています。大河内玲子との出会い、右翼からの攻撃をかわすためにエロ詩人を装っていたこと、換喩、隠喩、提喩など比喩の話しなど、盛り沢山の内容でした。

次の講義は12月に入ってから、西脇順三郎の予定です。



愛情69

 僕の指先がひろひあげたのは
地面のうへの
まがりくねつた一本の川筋。

 外輪蒸気船が遡る
ミシシッピィのやうに
冒險の魅力にみちた
その川すぢを
僕の目が 辿る。

 落毛よ。季節をよそに
人のしらぬひまに
ふるひ落された葉のやうに
そつと、君からはなれたもの、

 皺寄つたシーツの大雪原に
ゆきくれながら、僕があつめる
もとにはかへすよすがのない
その一すぢを
その二すぢを、

 ふきちらすにはしのびないのだ。
僕らが、どんなにいのちをかけて
愛しあつたか、しつてゐるのは
この髯文字のほかには、ゐない。

 必死に抱きあつたままのふたりが
うへになり、したになり、ころがつて
はてしもしらず辷りこんでいつた傾斜を、そのゆくはてを
落毛が、はなれて眺めてゐた。

 やがてはほどかねばならぬ手や、足が
絲すぢほどのすきまもあらせじと、抱きしめてみても
なほはなればなれなこころゆゑに
一層はげしく抱かねばならなかつた、その顚末を。

 落雷で崩れた客觀のやうに、
虚空に消えのこる、僕らのむなしい像。
僕も
君も
たがひに追ひ、もつれるやうにして、ゐなくなつたあとで、

 落毛よ、君からぬけ落ちたばかりに
君の人生よりも、はるばるとあとまで生きながらへるであらう。それは
しをりにしてはさんで、僕が忘れたままの
黙示録のなかごろの頁のかげに。
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by hannah5 | 2014-07-17 18:11 | 詩のイベント | Comments(0)

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