私の好きな詩・言葉(160)   


ひとりたび


海員倶楽部 という看板の建物が
遠く望め
ふと路地を曲がると アヒルと出会う

片言の ことばを温め
「この焼き飯(めし)を ひとり分 ください」

小さな屋台の椅子に腰掛けた
揚子江沿いの町

小雨が降れば
薄汚れたシャツの車引きが
 お乗りよ、
と私を呼んだ

揚子江は 煙っている

(神が そそがれたのか)なみなみと
鉄のように強い あの水の色に
時折 黄色人種の肌に似た
ほのかに 懐かしい色が混じりあう

その うねりは幼い頃に見た悪夢のように
ゆっくりと私の 魂を惹いた
広大な激流に
(ワタシハ イキテイル イキテイル)
と脈打ち 沸き立つものが ある

その夜は やさしい車引きの暮らす
ちいさな小屋に泊まった

木机に置かれた 蓋付き湯飲みには
鮮やかな赤い金魚が ふうわりと描かれ
ざらざらとした方言を話しては
お腹(なか)の底から笑う 小太りの奥さんが
炊事場で 焼飯(シャオビン)を 丸く きれいに焼いていた

裸電球が たったひとつ
疲れた車引きの 無精髯(ひげ)を照らせば
川の音と 寝息は
しっとりと重なりはじめる

羊水のような町に漂う
蒼い月夜の窓辺で
私は やっと目をとじた

(島田奈都子詩集 『からだの夕暮れ』 より)






ひと言

島田奈都子さんの詩集『からだの夕暮れ』の中で、懐かしさと切なさが入り混じり強烈なリアリティで私の中に残った詩。これも旅の詩である。中国は行ったことはないが、人口の多くを華人が占めるシンガポールに行ったことがある。中国より洗練されているが、それでも初めて行ったシンガポールは私にとって中国的な雰囲気が濃厚だった。あの人達もよく焼き飯を食べたし、公用語は英語でもやはり中国語は根の所に強く残っている。「薄汚れたシャツの車引きが/お乗りよ、/と私を呼んだ」-一人旅にはこんな出会いがよくある。そして、島田奈都子さんもそのまま車引きの家に泊まったらしい。初めての家、質素だがどこかおおらかな家族、旅の疲れと緊張していた気持ちが、次第にゆるんでいく。「羊水のような町に漂う」は緊張感がほぐれて、やがて眠りに落ちていく感じが出ていて見事だ。『からだの夕暮れ』は第45回埼玉文芸賞(詩部門)を受賞している。



島田 奈都子(しまだ なつこ)

1965年 東京生まれ
文化学院で詩人金井直氏に師事
2001年頃から詩誌に投稿
2005年 「ユリイカ」の新人・「詩学」新人
2012年 「詩人会議」新人賞
2014年 『からだの夕暮れ』 に埼玉文芸賞
(詩集よりコピー抜粋)
[PR]

by hannah5 | 2014-08-11 20:16 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

<< 残暑お見舞い申し上げます 詩と思想詩人集2014 >>