私の好きな詩・言葉(162)   


友達


ぼくのいい一番大い好きな友達。それは便所です。いいいつも便所にいいるので、そういいう名前なのです。

便所はいいいい一日の殆どを、便所の手あ洗いい場で過ごします。い一度、手をあ洗いいい終わっても、すぐに汚れたと思って、引き返してきて、また手をああ洗いいます。だから、学校に来ても、便所は教室にはい行けません。

みんながああの日、「おまえは汚い! 臭い!」、そういい言って便所の目の前で教室の扉をバタンと閉めたからです。

初めてここへ来た日、寒くて、じめじめして、ナメクジやゴキブリがいいいっぱいいいる、この場所が怖くて、便所はしゃくりあ上げました。そして、ぼくに向かって尋ねるのです。「あああたしって汚いいいの?」「臭いいいの?」「ねえ、なんでああたしにはここしかいいい居場所がないいわけ?」 ぼくは答えることができませんでした。ただ、首のところが少しゆるんでいたので、いい一滴だけもらいい泣きをしただけでした。

ぼくは蛇口です。便所の手ああ洗いいい場の蛇口です。次の日も、便所はここへ来ました。髪も手も洋服も真っ黒に汚れ、乱れ、破れていいました。そして、便所はいいいきなりぼくを殴りました。さっき、みんなにされたみたいいに。何度も何度も。しゃくりああ上げながら。

便所がぼくを殴ったので、ぼくの首がゆるみました。その瞬間、あああああああああれがほとばしりました。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 便所はびっくりして、ぼくの首を元に戻しました。それでも、ぼくの首は少しゆるんでいいたので、まだ続きが出ました。いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。そして、やっと止まりました。

便所はざぶざぶとああああ洗われて、もうすっかりきれいいいになっていいました。便所はもうい一度ぼくに飛びつくと、叫びました。「大いいい好きな蛇口さん。あああたしはこれからずっと、ここにいいるわ!」

先生い! 便所があ洗ってもああ洗っても、また手あああ洗いいいいい場に来るのは、こういいいいいわけなのです。先生い! あああなたにはぼくの声が聞こえないい。でも、ぼくはここにいいます。そうです。ぼくは手洗いいいい場の蛇口です。便所が手をああ洗い続けていいいるあああいいだ、ぼくはこうやってしばり続けていいいます。

便所の手から先生いいの知らないい、国の言葉、難解なああ暗喩が勅諭が寓喩が象徴が記号が飛び散ります。それを見て、先生いいはいいい言います。「誰だ、垂れ流しをするやつは?」「なんで どもるんだ?」「正しくきれいな、よく石鹸で洗った日本語で、もっとわかりやすくやさしく話しなさい!」 そうして、また先生いいは便所をぶった。ああ、またぶった! そして、ぼくの首を思い切り絞めました。

それからぼくはひとことも口をきくことができません。

(一色真理詩集 『エス』 より)






ひと言

一色真理さんの詩集 『エス』 は不思議な詩集だ。29篇の詩が最後の1篇を除いて真ん中で鏡に映すように配列されている。前半の14篇と後半の14篇の真ん中のページは、前半の14番目の詩と後半の14番目の詩がそれぞれ裏返しに薄字で印刷されている。そして、どちらも「鏡」という題名がついている。後半の14篇の詩は、鏡に映すように番号が逆さになっていて、1番は最後のページから始まり、14番が真ん中に来るにようになっているだけでなく、番号そのものが鏡で映したように裏返しになっている。たとえば、後半の01番は10番という具合に。では、内容はどうかというと、同じ主題を扱っていたり、同じような比喩がかぶせてあったり、同じ番号同士で鏡に映したように似ているが、少しずつずれたりゆがんだりしている。たとえば、前半13番の「森の家」と後半13番の「遭難」はどちらも森を扱っているが、「森の家」は父から逃げ出したことに重きが置かれているのに対して、「遭難」は父の縛りに閉じこめられたことに重きが置かれている。

詩集の最後は00番の「はじめのおわり」である。後半を引用させていただく。

***

詩人が立ち去った後、ぼくはぼくの「おわりのはじめ」をつくづくと眺めた。薔薇は血みどろの渦を巻いている。鮮やかな渦の中心を見ているとめまいがした。この薔薇の意味を知っているのはぼくひとりだけだ。何千行、いや何万行、何億行の薔薇がぼくのまわりで満開になっていたとしても、詩人はやがてすべての薔薇の名前を読み解くだろう。それでもこの一行だけは誰にもわからないに違いない。

「あなたに捨てられた、とげのない薔薇はたったひとりでこんなに大きく育ちましたよ。お父さん……」

はじめからおわっていた。誰にもわかってもらえなかった。世界にひとつしかないそんな薔薇に近づいたらきっと、あなたの死のにおいがします。

***

否定か抹殺か、その境界線のはっきりしない闇に最初から閉じこめられていたら、恐らく美しい薔薇は近づくと死のにおいがするのだろう。

特異な作品の並ぶこの詩集の中で、特に強い印象を残したのは「友達」だった。吃音で書かなければならなかったこの詩の意味は、ここでは控えさせていただく。読者ひとりひとりにそれが語りかけることを期待している。

詩集は日本詩人クラブ賞を受賞している。

(一色さんの略歴は前回書いたので、ここでは省略させていただく。)
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by hannah5 | 2014-10-06 19:53 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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