詩と思想新年会   


1月12日(月・祝日)、新人賞贈呈式を兼ねた詩と思想の新年会がありました(於ホテルグランドパレス)。ほとんどの方が1年に1度新年会でお会いするだけですが、親しく声をかけていただき、いろいろお話できたのはよかったと思います。今年の新人賞は花潜幸さんの「初めの頃であれば」が受賞しました。


【プログラム】

I.  第23回詩と思想新人賞贈呈式

   開会の言葉    一色真理
   来賓挨拶      細野豊、財部鳥子、西岡光秋
   選評         相沢史郎、高良留美子、森田進
   受賞者の表彰 
   受賞者紹介    相沢正一郎
   受賞者挨拶と受賞詩の朗読 花潜幸 「初めの頃であれば」
   花束贈呈

II. 懇親会

   最優秀新人表彰
   乾杯       菊田守
   スピーチ
   遠方会員紹介 小川英晴
   社主挨拶    高木祐子
   閉会の言葉   中村不二夫
   (敬称略)







詩と思想新人賞作品

花潜さんの作品「初めの頃であれば」は、一読しただけで心に刺さりました。受賞の言葉の中で花潜さんは次のように述べられています。「「戦争」は紛れもなく人類最大の不幸でしょう。その闘いに父は参加し、毎夜訪ねる悪夢から死ぬまで抜け出ることはできませんでした。国と国との戦いは四、五年で終わったとしても、個人の闘いは生きている限り続きます。父の記憶を引き継ぐものとして、私はそのことを今語り置きたいと思います。」


初めの頃であれば


 樺太から戻る五月の船に、魚は銅のように重く、月のように輝いていた。初めの頃であれば、宇宙の背中にも手を伸ばし、春の海を渡る風と話をし、浜で生きることを夢見ることもできたのだ、とあなたは語った。
 そう初めの頃であれば、私もまだ母の手を握り、角々で出会う不思議な妖精や、花の声のことをあなたに話して、竹かごの作り方をぎこちなく笑って語ることもできたのだろう。

 あなたは辛い戦のことも、初め見知らぬ国への遠足のように考えていた。銃を担いで、コウリャンの畑を水牛のように歩き、空を仰いで季節を吸い込む。大陸とは、あなたにとって自分を描くための、厚く重ねた一束のわら半紙に過ぎなかった。
 初めて銃を撃たされ其の人を危(あや)めた時、あなたは紅くなった両手を眺め、立ち尽し泣いたという。十人を打ち、百人を打ち、十の家を焼き、百の家を焼く。気づけば正義は何時も、敵にも味方にもなかったとあなたは振り返る。
 ある日ひとつの弾丸があなたの頭部を貫いた。白い渦になり消える記憶の向こうで、あなたは目を覚まし、水が欲しいと歩哨に言った。月の輝く夜には死骸も夢をつなぐのだろう。
 軍の病院での暫くの休息。初めの頃であればあなたは、老いた看護婦が傍らに置いてくれた木彫りの熊に古里を尋ね、毎日新しい名前を彼に贈ったかも知れない。
 外見の傷が癒えると、それではもう一度死んで来るようにと、イクサ場まで返される。列島の縦の長さを、あなたは歩き、歩き続けて火焔の水を探しに行く。
 七年の時が過ぎ、川の向こうで白旗を上げて来たのは勝った相手の方だった。半年も経って知った降伏。さらに半年ののち、あなたは子どものままに松の木の国に帰る。

 傷病を隠し、給付を拒んで仕事を見つけ、あなたは小さな家族を実らせる。紙切れの勲章は役だたず、馬上から的を射とめる技量は商品にはならなかったが、非戦という時代は、確かにそこに花の咲く日を築いていった。
 それでも、終わったはずの戦は、毎夜必ずあなたの夢に溢れ出す。泣いて叫んで、殺して殺される深夜の出来事。明け方には何時もあなたは戦友の千切れた内臓を抱きしめて、見知らぬ国に立ち尽す。
 そして三十年後、傷は再発し、あなたは死の前に起立する。
 「作戦はまだ終わっていません」と敬礼し、生きてさえいれば勝っているのさ、とあなたは強く静かに死神を押し戻した。
 そう、静かに本を読む毎日と、孤独を崩し、回りのすべてを愛した日々。あなたはそこに居て、もはやそこには居ないよう。帆のない船で漂いながら、水に記憶を戻していた。

 七十七歳、五月の夜にあなたの夢の戦は閉じられる。「歩いて、歩いて、歩いて」の言葉が私に残す唯一の遺書であり、目を細めて見ていたカレンダーの西方の海が、生きて出会った最後の故郷だった。

 そうそう、初めの頃であれば、あなたは喫水線の沈み具合で、船が大漁であることを見取り、港に駆けつけ、網の数を数えてから、岬の灯台へと沈む一日を眺めに走ったろう。
 初めの頃であれば、私はあなたの傍らに立ち、陽が海に溶けるのを見て、「ぼくも、魚を捕りに今度樺太へ行くよ」と父の明るい顔を鳥の子のように覗き込んだのだろう。

 (初めの頃であれば、愚に尖ったあなたと私とこの国の肩先を、粗末な服を着て抱いていさめる母もいたのに違いない)





花潜 幸(はなむぐり ゆき)

1950年、東京生まれ。中央大学法学部法律学科卒。
2010年「詩と思想」投稿欄入選。
2011年「詩と思想」現代詩の新鋭。
詩集:『薔薇の記憶』(2011年)、『雛の帝国』(2013年)(白鳥省吾賞優秀賞受賞)、小詩篇『玩具箱』。
(詩と思想12月号よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2015-01-13 20:26 | 詩のイベント | Comments(0)

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