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詩に出会う(2) 映画 『パプーシャの黒い瞳』 より   


私の大地よ、私はあなたの娘


私の大地よ、森の大地よ、
私はあなたの娘。
森が歌い、大地がうるわしく歌う。
川と私はその歌声から、
一篇のジプシーの歌を作る。

私は山に行こう、
高い山に、
花で作られた
美しく華やかなスカートをはいて、
そしてありったけの力で叫ぼう――
ポーランドの大地よ、*1 赤と白の大地よ!
大地よ、誰もあなたを連れ去らない、
黒い森と善き心と私の大地よ。
私はあなたの娘。
大地よ、私はあなたを信じる、
あなたの上に育ち生きるもの
すべてを私は愛している。

大地よ、まるで金でできているように
輝きによって空を打つ大地よ、
黒い森と私の大地よ、
万物と私の母よ、
美と富の母よ!
私の黒い心臓は
あなたの歌に焦がれる。

大地よ、刈り取られたあなたの草原が
陽を浴びて金色になる、
大地よ、そこでは雷鳴が
大風と戦う、
私の心の中の歌のように。
そこでは金槌が石を打ち
大きな火が熾(おこ)る。

大地よ、かわいい大地よ!
夜ごと高みの大いなる星々が
あなたを見つめて
ジプシー娘のようにしゃべりあう。

大地よ、本当にごめんなさい、
私の歌がつたなくて、
*2 ジプシーのしるしがたくさんあって。
私の体をあなたのうちに横たえて、
すべてが終わって死ぬ時に、どうか私を受け入れて!

私は山に行こう、
高い山に、
ありったけの力で叫ぼう――
白と赤のスカートをはいて、
スカートについてのジプシーの歌を歌おう。
死をいとわないで、私の黒い心臓よ、
私の大地のため、私の国のためになら!

私の大地よ、黒い森の大地よ、
あなたの上にあるものすべてを、
あなたはこの世に生み出した、
美しくすばらしいあなたは、
陽の光を見つめている、
待ちこがれる黒い許嫁さながらに――。

金色の太陽はハンサムな婚約者のように
激しく恋をした、大地に、
黒い肉体の美しさに。
太陽と大地、互いに抱き合い絡み合ってキスをして、
大地は遠くない瞬間を待つ、
母となるために。

大地よ、あなたは光を得て走る、
世界のかなたへ光を届ける。
あなたの作りしもの――それは大いなる作品。
私の歌はあなたに焦がれ
愛する人を想う心のように戻ってくる。

黒い森の大地よ、
私はあなたの上で育った、愛する大地よ、
あなたの苔の上で生まれた。
ありとあらゆる微小な生き物が――
めいめいにかじり、刺した、
私の若い体を。
大地よ、あなたは涙と歌で
私を眠りにつかせてくれた、
大地よ、あなたは私を悪と善の中へ
変化の中へ投げ入れた!
大地よ、私はあなたを強く信じる、
あなたのためなら死んでもいい。
誰も私からあなたを奪えず、
私は誰にもあなたを渡さない。
(1952年作)

*1 赤と白 ポーランドの国旗の色
*2 ジプシーのしるし ジプシーが自然の中に残す目印をさす。藁の束、結び合わせた枝、石や骨を積んだもの、木の幹に刻んだ傷、地面に描いた絵などで、分かれ道や野営地の近くに残し、他の集団に旅路を知らせたり自分たちの居場所を伝えたりした。




(コンサートホールでソプラノで歌われるパプーシャの詩で、題名はない)

いつだって飢えて
いつだって貧しくて
旅する道は、悲しみに満ちている
とがった石ころが
はだしの足を刺す
弾が飛び交い
耳元を銃声がかすめる
すべてのジプシーよ
私のもとへおいで
走っておいで
大きな焚き火が輝く森へ
すべてのものに
陽の光が降り注ぐ森へ
そして私の歌を歌おう
あらゆる場所から
ジプシーが集ってくる
私の言葉を聴き
私の言葉にこたえるために

(『パプーシャ その詩の世界』より)


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ひと言


私たちが詩に出会うのは詩集だけではありません。さまざまな媒体を通して詩に出会います。映画もそのひとつで、映画の中で美しい詩に出会うことがあります。この前お話したさだまさしの『風に立つライオン』もそうでした。そこで「詩に出会う」というカテゴリを作りました。詩集以外のものを通して印象に残る詩や詩人に出会ったら、それをこのカテゴリで書くことにしました。

『パプーシャの黒い瞳』 (原題 『パプーシャ』 (Papusza))は、初めてジプシーから詩人が出たというストーリーに魅かれて観た映画です。パプーシャ(本名ブロニスワヴァ・ヴァイス)は1910年生まれ、第一次大戦から第二次大戦の動乱のポーランドで生涯を送ったジプシーの女性です。文字をもたなかったジプシーの中で、パプーシャは文字と言葉に強い興味を持ち、やがて詩を書くようになります。彼女の詩の才能を見いだしたのはイェジ・フィツォフスキというポーランドの詩人ですが、彼のジプシー研究論文によって、パプーシャの詩も世に出るようになります。しかし、そこからパプーシャの苦悩と孤独が始まります。パプーシャは晩年ジプシーのコミュニテイを追放され、孤独のうちに生涯を閉じるというのがこの映画の大まかなストーリーです。

心の中から溢れてくる言葉 ―― 詩はそのようなごく個人的な内的営みに始まり、それをある一定の形にする時に悦びとなります。パプーシャが子どもを寝かしつけながら朗々と詩を詠う場面がありますが、この時パプーシャは「詩」や「詩人」という言葉さえ知りませんでした。しかし、イェジ・フィツォフスキに「君は詩人だね」と言われ、「詩って何?」と聞き返します。これがパプーシャが詩を意識した初めでした。

『パプーシャの黒い瞳』に登場するジプシーは貧しく虐げられた人たちですが、ジプシーとしての生活と人生に誇りをもって生きている人たちとして描かれています。

パプーシャの詩の中から、特に印象に残った詩を2篇ここに置いておきます。

映画 『パプーシャの黒い瞳』 公式サイト

by hannah5 | 2015-04-11 18:19 | 詩に出会う

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