日本の詩を読む IX ~ 詩的アヴァンギャルドの100年(第5回)   


「詩的アヴァンギャルドの100年」の5回目は、「瀧口修造と詩的実験」と題して瀧口修造を中心に講義が行われました(2/15)。西脇順三郎の門下生だった瀧口修造は西脇を通してシュールレアリスムを知るようになりますが、その詩風は師の西脇よりずっとシュールレアリスム的です。しかし、詩人として出発した瀧口でしたが、戦後は美術批評家として前衛芸術運動を牽引するようになり、詩は一切書かなくなりました。教室で読んだ作品は瀧口の代表作とも言える「絶対への接吻」、「地球創造説」、西脇の「世界開闢説」、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』(一部)、野村喜和夫さんの「序詩(はじめてのからだの者は)」(詩集 『幸福な物質』 所収)でした。「絶対への接吻」は詩の中からシュールレアリスムが立ち昇ってくるような作品で、詩としての純粋性を感じさせる詩です。



絶対への接吻

     瀧口修造


 ぼくの黄金の爪の内部の瀧の飛沫に濡れた客間に襲来するひとりの純粋直観の女性。 彼女の指の上に光った金剛石が狩獵者に踏みこまれていたか否かをぼくは問わない。 彼女の水平であり同時に垂直である乳房は飽和した秤器のような衣服に包まれている。 躐の国の天災を、彼女の仄かな髭が物語る。 彼女は時間を燃焼しつつある口紅の鏡玉の前後左右を動いている。 人称の秘密。 時の感覚。 おお時間の痕跡はぼくの正六面體の室内を雪のように激変せしめる。 すべり落された貂の毛皮のなかに発生する光の寝台。 彼女の気絶は永遠の卵形をなしている。 水陸混同の美しい遊戯は間もなく終焉に近づくだろう。 乾燥した星が朝食の皿で轟々と音を立てているだろう。 海の要素等がやがて本棚のなかへ忍びこんでしまうだろう。 やがて三直線からなる海が、ぼくの掌のなかで疾駆するだろう。 彼女の総體は、賽の目のように、あるときは白に、あるときは紫に変化する。 空の交接。 瞳のなかの蟹の声、戸棚のなかの虹。 彼女の腕の中間部は、存在しない。 彼女が、美神のように、侵食されるのはひとつの瞬間のみである。 彼女は熱風のなかの熱、鉄のなかの鉄。 しかし灰のなかの鳥類である彼女の歌。 彼女の首府にひとでが流れる。 彼女の彎曲部はレヴィアタンである。 彼女の胴は、相違の原野で、水銀の墓標が妊娠する焔の手紙、それは雲のあいだのように陰毛のあいだにある白晝ひとつの白晝の水準器である。 彼女の暴風。 彼女の傳説。 彼女の営養。 彼女の靴下。 彼女の確証。 彼女の卵巣。 彼女の視覚。 彼女の意味。 彼女の犬歯。 無数の実例の出現は空から落下する無垢の飾窓のなかで偶然の遊戯をして遊ぶ。 コーンドビーフの虹色の火花。 チーズの鏡の公有権。 婦人帽の死。 パンのなかの希臘神殿の群れ。 霊魂の喧騒が死ぬとき、すべての物質は飽和した鞄を携えて旅行するだろうか誰がそれに答えることができよう。 彼女の精液のなかの眞紅の星は不可溶性である。 風が彼女の緑色の衣服(それは古い奇蹟のようにぼくの記憶をよびおこす)を捕えたように、空間は緑色の花であった。 彼女の判断は時間のような痕跡をぼくの唇の上に残してゆく。 なぜそれが恋であったのか? 青い襟の支那人が扉を叩いたとき、単純に無名の無知がぼくの指を引っぱった。 すべては氾濫していた。 すべては歌っていた。 無上の歓喜は未踏地の茶殻の上で夜光虫のように光っていた……… (sans date)



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by hannah5 | 2016-02-17 20:23 | 詩のイベント | Comments(0)

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