私の好きな詩・言葉(37) 「光のとりで 風の城」   

広々とした宇宙の彼方から詩が降りてくる。生きとし生けるものたちの生命力を包みながら、詩は自然を愛し、人間を愛し、鼓動を伝えてくる。詩は自分勝手な旅をしない。私たちが了解できる世界の中で私たちを広い世界へと誘う。知性と感性の融合、その美しさの中を私の心は広々と旅をした。

大岡信の詩にはそんな広がりと優しさがある。わけても「光のとりで 風の城」は私を自由な旅へ連れ出してくれた詩である。


光のとりで 風の城
        ― 一柳慧のために

   1

ただひとつの息吹さへも
なんぢのうたであれ
なんぢのうたであれ

光 水 空気 土
生きものに命と死をあたへるために
それ以上何が必要だつたらう

雨 風 季節 光
生きものに知恵と勇気をさづけるために
それ以上何が必要だつだらう

ただひとつの愛撫さへも
世界へのほめうたであれ

   2

天と地のパノラマのなか
動いてゐるのは
透明な鳥の
透明な卵の中の
きらきら光る
黒い目玉のみ

あの鳥の
あの透明な卵の中の
あの黒い目玉は
何?

目玉のなかに
海がある
山がある
街がある
赤んぼがゐる
老人がゐる
愛がある
死体がある

あの鳥のあの透明な卵の中の
あの黒い目玉は
何?

あれは心だ
心は目玉だ
そこからすべてが生まれ出る
そこからすべてが溢れ出る

われらの中に
きらきら光つて
黒い目玉が息づいてゐる
息づいてゐる 黒い目玉

   3

おお 盃をあげてくれ
わが友よ

よき酒は
舌の上で
時の流れになり変り
暗いのどの管を伝つて
われらの海へ消えてゆく
だがやがて かなたから
還つてくるのだ よき酒は
音楽となつて

おお 盃をあげてくれ
わが友よ
ただひとつの息吹きさへも
なんぢのうたであれ

   4

枯木が夕陽に炎(も)えてゐる
あそこの丘の
蛙の墓場のあたりへ行かう
枯木の梢にもう芽を出して
あたらしい緑の指が
快よげに大気とハミングしてゐる
あの軽やかな
あのやわらかな
あの深い音を
聴きに行かう
あそこから
空はずつとむかうまで
ひろがつてゐる
波うつてゐる

   5

光のとりで
それは宇宙だ
風の城
それは地球だ

焼いてくれるな 今日だけは
若草萌えるアジアの原野を
焼いてくれるな この緑の野を
若草のうるはしい妻が
こもつてゐるぞ 野のまんなかに
こもつてゐるぞ このわたしも

秋ともなれば
なかなかまどの実が
くりくり真赤な目玉で歓喜の爆発
熟した季節の歓喜の爆発

また 穂をかかげるすすきの影は
音もなく天地(あめつち)に揺れる
その影のために
天は一挙に深くなる

   6

鳥の声が洗つてゐる
空(くう)の空(くう)なる空(そら)の岸辺は
人間のいちばん深いまなざしへ
はね返してくる光のとりでだ
風の城だ

ああ まだ触れることのできない
空の岸辺が残つてゐる喜びよ

ただひとつの愛撫さへも
世界へのほめうたであれ
世界へのほめうたであれ

(1992年2月作。一柳慧作曲・第三回「創る会」  バッハホール混声合唱演奏会のために)

(『光のとりで』より)




大岡信が16歳の時に作った詩。青い新芽のような感性が私の心を熱く打った。


夏のおもひに


この夕(ゆうべ) 海べの岩に身をもたれ。
ゆるくながれる しほの香に夕の諧調(アルモニー)は 海をすべり。
いそぎんちやくの かよわい触手は ひそかにながれ。
とほくひがしに 愁(うれ)ひに似て 甘く ひかりながれて。

この夕 小魚の群の ゑがく 水脈(みお)に
かすかな ひかりの小皺 みだれるをみ。
いそぎんちやくの かよわい触手は ひそかにながれ。
海の香と 胸とろかす ひびきに呆(ほう)けて。

とらはれの 魚群をめぐる ひとむれの鴎らに
西の陽のつめたさが くろく落ち。
はなれてゆく遊覧船の かたむきさへ 愁ひをさそひ。

この夕 海べの岩に身をもたれ。
こころひらかぬままに おづおづと 語らひもせず 別れしゆゑ
ゆゑもなく慕はれる人の 面影を 夏のおもひに ゑがきながら。
                                (1947.8.24)

(『大岡信詩集 自選』より)


大岡信(おおおか まこと)(1931~)

詩人。静岡県生まれ。
詩集に、「記憶と現在」(1956)、「大岡信詩集」(1960、1968)、「わが詩と真実」(1962)、「彼女の薫る肉体」(1971)、「透明図法ー夏のための」(1972)、「遊星の寝返りの下で」(1975、「悲歌と祝祷」(1976)、「春 少女に」(1978)、「水府 みえないまち」(1981)、「詩とはなにか」(1985)、「ぬばたまの夜、天の掃除器せまつてくる」(1987)、「故郷の水へのメッセージ」(1989)、「火の遺言」(1994)、「光のとりで」(1997)、「世紀の変り目にしやがみこんで」(2001)などがある。他に、「日本の古典詩歌」(全5巻・別巻1)(1999~2000)、「詩への架橋」(1977)、「連詩の愉しみ」(1991)、「折々のうた」(1~10)「新折々のうた」(1~7)(1980~)、「声で楽しむ 美しい日本の詩」(共編)(1990)など。著書・編著は多数。(『大岡信詩集 自選』あとがきより一部抜粋)
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by hannah5 | 2005-04-18 17:25 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by tomus70 at 2005-04-18 22:16
好きな詩人です。
高校時代から、好きな詩人にほかに、
吉岡実、飯島耕一がいます。
特に飯島耕一は青春そのものでした。

現代詩手帖とユリイカを抱きかかえていました。
あ、それから、SFマガジン。
Commented by hannah5 at 2005-04-18 23:47
*まーくさん、以前に谷川俊太郎の詩を紹介したとき、
大岡信の名前を出されたので、お好きな詩人だろうなと思ってましたよ。
今回改めて大岡信の作品を通して読んでみたのですが、
その柔軟な感性に感動しましたよ。
現代詩手帖はいいですね。

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