日本の詩を読む IX ~ 詩的アヴァンギャルドの100年(第7回)   


「詩的アヴァンギャルドの100年」の7回目の講義は、入沢康夫とその作品についてでした(2/29)。講義のタイトルは「入沢康夫あるいは死の脱構築」でした。実は私は入沢康夫は食わず嫌いで、読んだことがありませんでした。『かりのそらね』という詩集を持っているにはいるのですが、あけてみてもどうも読みにくい。野村喜和夫さんは『入沢康夫の詩の世界』という本を城戸朱里さんと出されているくらですから、入沢康夫についてはかなり詳しくて、そんなことから今回の講義はかなり面白く、オツムの中がふつふつ煮えくりかえるみたいに楽しかったです。と言っても、たぶん解説がないと入沢康夫は簡単には読めないだろうと思います。教室で読んだ作品は「かつて座亜謙什と名乗つた人への九連の散文詩―第九のエスキス」、「焦慮のうた」、「売家を一つもっています―作文のおけいこ―」、「『声なき木鼠の唄』のための素描」、「声なき木鼠の唄の来歴」、野村さんの「くねる日付/ムーヴィングアウト―〈入沢康夫的〉なものの方へ」でした。



かつて座亜謙什と名乗つた人への九連の散文詩―第九のエスキス

        入沢康夫

一、

詩碑(しひ)の裏側(うらがは)から、甲高(かんだか)い嗤(わら)ひ声(ごゑ)とともに立(た)ちのぼる苔水晶(モスアガート)の雲(くも)。その底面(ていめん)の鉤(かぎ)に吊(つ)るされ、茶色(ちゃいろ)の幟(のぼり)のやうにたなびいてゐる二重(にぢゅう)の夢(ゆめ)―昨日(きのふ)までの私(わたし)たちにとつての、かけがへのない目当(めあて)。

二、

誰(だれ)かれの足跡(あしあと)は乾(かは)ひた風(かぜ)に吹(ふ)き払(はら)はれて行(ゆ)き、今(いま)はただ名(な)も知(し)れぬ花(はな)や石(いし)の挙(あ)げる声(こゑ)が、夕陽(ゆふひ)を浴(あ)びた橋(はし)の鉄骨(てつこつ)にまつはりつつまつはりつつ流(なが)れる。

三、

馬(うま)と雪(ゆき)の匂(にほ)ひの中(なか)で、私(わたし)たちは立(た)ちすくむ。あなたは知(し)らない。あなた自身(じしん)が生(う)み落(おと)した子供(こども)たちの行方(ゆくゑ)を、子供(こども)たちの現在(げんざい)の顔(かほ)はおろか、虫喰(むしく)ひだらけの画像(ぐわざう)のことも。

四、

あなたが心(こころ)に虚(うつろ)ろに座亜謙什(ざあけんじふ)の四文字(よもじ)で呼(よ)びなした男(をとこ)、その男(をとこ)もすでに遠(とほ)く遠(とほ)く去(さ)つた。すべてが冷(ひ)え、すべてが砂(すな)に帰(かへ)るこの裾野(すその)で、思(おも)ひ出(だ)したやうに爆竹(ばくちく)がはじけ、おどろいて舞(ま)ひ立(た)つ白鳥(はくてう)のひと群(む)れが、三度(さんど)輪(わ)を描(ゑが)いたのち、丘(をか)の向(むか)ふへ落(お)ち込(こ)んで行(ゆ)く。

(五、

防風林(ばうふうりん)の梢(こずゑ)から、またひとしきり降(ふ)る朱(あか)い実(み)、あるひは朱(あか)い実(み)の亡霊(ばうれい)。)

(六、

死者(ししや)たちを乗(の)せた客船(きやくせん)の灯(ひ)は蛍籠(ほたるかご)のやうに動(うご)き、置(お)きざりにされた唐草文様(からくさもんやう)の風呂敷(ふろしき)の中(なか)で、標本箱(へうほんばこ)とゴムバンドがひそひそと、古(ふる)い、そして幼(おさな)い恋(こひ)を語(かた)る。)

七、

鈴(すず)のやうな、房(ふさ)のやうなものが、いくつもぶら下(さが)る木(き)を、雁皮紙(がんぴし)に血(ち)で描(か)いたことがあると、いまだに言(い)ひはりつづけるいささか滑稽(こつけい)で、いささか深刻(しんこく)な男(をとこ)、その男(をとこ)のまわりには、飛(と)ぶ鳥影(とりかげ)、走(はし)る獣(けもの)の影(かげ)とてもない荒野(あれの)がひろがり、そこに飴色(あめいろ)のガラスでできた瓶(びん)の破片(はへん)がちらばつてゐる。

八、(欠落)

九、

もつれにもつれた白髪(はくはつ)(それはあなた自身(じしん)の魂(たましひ))によつて封印(ふういん)された十重二十重(とへはたへ)の挑発(てうはつ)。いま、一(ひと)つの時節(じせつ)の終(をは)るに当(あた)つて、わづかに身(み)じろぎし、身(み)じろぎしつつ凍(こご)えて行(ゆ)く掟(おきて)の鶏(とり)たち。




註)この詩はすべての漢字に振り仮名がふってあるのですが、ブログでは振り仮名にならずかっこの中に入ってしまいます。悪しからずご了承ください。
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by hannah5 | 2016-03-04 21:33 | 詩のイベント | Comments(0)

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