私の好きな詩・言葉(170)   


手術台にて


朝から手術着に着替えて 待ちくたびれて 夕方
半分寝ているところに 運搬車が来た
膀胱がんの手術だ
広々とした空洞の中に 白装束の人間が三人
それぞれが手に何か持って待ち構えていた
腹部の真ん中にカーテンが下ろされた

 麻酔医のなんとかです 半身麻酔です
 背中が少しチクリとします だんだん熱くなります
 それから何にも感じられなくなります

下半身が外されたみたい
少し離れたところで 女医さんらしい人が
コンピューター見ながら何本ものパイプを
入れたり 出したりしている

あの下半身は とても迷惑なやつだった
「ついでだから 取り換えられませんかね」
そばにいた男が応じた
「交換ですか そういう方が結構いらっしゃいますよ」
若い背広の男がパソコン持ってすぐに来た
「毎度有難う御座います カタログです ご希望は
 スタイルですか カラーですか それとも機能ですか」
「それは機能ですよ」
「じゃー馬力の強いのにしますか」
「いやー馬力より燃費だね」
「お客さんズバリです 今ならいい出物がありますよ」
「で もしかして わたしの 下取りになりますか」
「はい で何年物でしたっけ あっ 結構年代もののようですけど
 それはそれで 値打ちがありまして 大事にお使いのようですから」

そのとき突然 ライトが明るくなった
「終わりましたよ 成功です」
弾んだソプラノで カーテンが開いた
女優さんみたいな 若い女医さん
「これが 膀胱がんです 全部取りました」
ガラスの瓶にイカの皮みたいな白と黒の ヒラヒラ
どこも切らないで内臓手術なんて 凄い
コンピューター男は消えている
ガシャン
下半身が繋がったのかな
恐る恐る触って 驚いた
元からあるはずの脚の下に
見覚えのない冷たい脚が 真っ直ぐに二本付いている
合計四本になってるみたい
あのコンピューター男 慌てて下取りしないで逃げちゃったんだ
身元の分からない変な あし 余分に貰ってどうする

「先生 あし が四本あるみたい」
「ええっ ああ うん それは麻酔のせいです 脳が手術前の脚を覚え
 ているのよ 三時間したら麻酔は消えます 脚は二本です」

マスイ か
運搬車が動き始めた
とても幸せな感じに浸って

(高平よしあき詩集 『わたくしたちの 列車』 より)


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ひと言

高平よしあきさんは臨床心理がご専門で、障がい児の治療教育を40年にわたり務めてこられました。以前新井豊美さんの詩の教室に通っていた頃、ご一緒させていただいた方ですが、あの頃高平さんはご病気の奥様のお世話をされていて、私もちょうど父の介護が忙しくなり初めていた頃でしたのでどこか共通したものを感じていました。

詩集は春になり始めた頃のうらうらとした感じで始まっていますが、病気が進行し、やがて永遠の別れを迎える妻への深い哀しみが底に流れているのを感じます。その中でも「手術台にて」は高平さん独特のユーモアに溢れていて、教室に持ってこられた時も新井先生や生徒たちから評判が良かったし、詩集に収められた詩の中でもやはりそのユーモアはダントツに光っていると思いました。


高平 よしあき(たかひら よしあき)

1928年宮崎県延岡市生まれ
障がい児の治療教育を40年、その後、カウンセラーとして心理相談に従事
日本心理臨床学会名誉会員
詩集 『奇妙な果実』 (1995)
(本書よりコピー抜粋)




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by hannah5 | 2016-03-11 23:36 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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