日本の詩を読む IX ~ 詩的アヴァンギャルドの100年(第10回)   


「詩的アヴァンギャルドの100年」の最終講義は「詩的実験の現在」と題し、実験詩のいくつかが紹介されました(3/28)。紹介された主な詩人は藤井貞和、レーモン・クノー、ジョルジュ・ペレック、ジャック・ルーボーなどで、読んだ作品は藤井貞和の詩「〈柳虹とかいふ人の、......実に最劣の詩、ではない、詩のやうなものばかりだ。〉」、レーモン・クノーの詩集 『100兆の詩篇』、野村さんの詩集 『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』 の中の「(お肉さん、お肉さん、)で始まる部分と「街の、衣の、いちまい、下の、虹は、蛇だ、」が繰り返される部分(呪文パート)、野村さんが2003年11月8日の読売新聞に寄稿した「地球の顔21 セビリア(スペイン)」でした。(スイスで長編詩「街の衣のいちまい下の虹は蛇だ」を書き上げた後、野村さんは妻の眞理子さんを伴ってスペインのセビリアを訪れます。セビリアの旧市街には「蛇通り」という名の通りがあり、蛇通りの上には日除けのための布が張り巡らされていて、詩との偶然に驚いたことが書かれています。)また、篠田昌伸氏が「(お肉さん、お肉さん、)」と「街の、衣の、いちまい、下の、虹は、蛇だ、」を合唱曲として作曲し、2006年にみなとみらいホールで発表された合唱の録音も聴きました。

詩の実験が繰り返されてきた100年、そこで使われてきた言葉は人の常識を超え、言葉の法則として定着したものを覆し、分け入ることが困難なように思われますが、実験を繰り返すことで言葉の本質と核心に迫り、何物にもとらわれない自由な言葉が立ち現われていることを感じます。ふつう言葉は意思疎通と伝達の手段として使われますが、音楽や絵画のように芸術の高みにまで昇るせることができると、詩的アヴァンギャルドの講義を通して確信することができました。

次回の「日本の詩を読む」は4月18日から、四季派についての講義が行われます。場所は淑徳大学池袋サテライトキャンパスです。興味のある方はご参加ください。



「街の衣のいちまい下の虹は蛇だ」より


        野村喜和夫


街の、衣の、
いちまい、下の、
虹は、蛇だ、
街の、衣の、
いちまい、(meta)の、
蛇は、虹だ、
かすか、呼気、カーブして、
青く、呼気、カーブして、
わたくしは、葉に、揉まるる、
葉は、水に、揉まるる、
街の、衣の、いちまい、下の、虹は、蛇だ、
蛇の、粋の、いちまい、横の、声は、ヨーガだ、蛇の、
粋の、いちまい、(para)の、ヨーガは、声だ、声の、筋の、
いちまい、上の、景は、さやぐ、声の、筋の、いちまい、(poly)の、
景も、さやぐ、景を、あら敷き、結合の、きゃっ、添え、膜を、あら敷き、
分泌の、ひゃっ、添え、ふささ、さむ、衣の、にぎ夢、ひたた、たむ、衣の、
ざざ夢、ららら、ひとの穂、飛ぶよ、ららら、ひとの腑、浮くよ、街の、
衣の、いちまい、下の、虹は、蛇だ、蚶だ、蚯だ、蚫だ、蛔だ、
蛟だ、蜒だ、らむ、だむ、そよぎ、だむ、たむ、さわぎ、
蚶だ、蚯だ、きゃっ、ぎゃっ、きゃみ、髪、神、
街の、衣の、いちまい、下の、虹は、蛇だ、
わたくしは、葉に、揉まるる、
葉は、水に、揉まるる、
かすか、呼気、カーブして、
青く、呼気、カーブして、
街の、衣の、
いちまい、(meta)の、
蛇は、虹だ、
街の、衣の、
いちまい、下の、
虹は、蛇だ、

(野村喜和夫詩集 『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』 より)



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by hannah5 | 2016-04-02 21:32 | 詩のイベント | Comments(0)

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