日本の詩を読む X ~ 四季派の時代(第4回)   


「四季派の時代」の4回目は当初の予定を少し変更し、三好達治の戦後詩と丸山薫の詩について講義が行われました(「三好達治-戦後の詩/丸山薫」)(6/13)。三好達治も丸山薫も四季派を代表する詩人ですが、二人を比較するとその作風にはかなりの違いがあります。三好達治は「半紙に墨を落とすとじわーっと広がっていく感じ」、丸山薫は「くっきりとペン書きした感じ」と、野村喜和夫さんはわかりやすく説明されましたが、読んでみるとなるほどと思いました。船員になることを夢見ていた丸山薫でしたが、病気のためその夢をあきらめざるを得ませんでした。そのせいか、丸山薫の詩には船や海が多く登場します。読んだ作品は三好達治の「落葉つきて」、丸山薫の「河口」、「錨」、「帆が歌つた」、「ランプが歌つた」、「鴎が歌つた」、「離愁」、「砲塁」、「幼年」、「海暮れる」でした。



海暮れる

    丸山薫


 僕は水葬礼の話をした。帆布の柩を軋らせておろし、散髪の銃音(つつおと)を放つ間を船は三繞(みめぐ)りの墓標を波に描いて去る、あの弔ひの話を――。
 僕はまた天の高い季節風に逆らつて異土の岬を指して翔(と)んでゆく、ロマンチツクな鶴の話をした。

 また練習船の日課操練に聴く奇妙な号令の抑揚と、永く余韻をひく喇叭(らっぱ)の口真似をして、二人掛りで回はす船尾の大舵輪の話をした。

 年少の友は卓の輝きに頬を染めてゐた。僕はもう黙つて杯の手を動かすばかりだつた。
 遂げ得なかつた婚約の希(のぞ)みを思ふと僕は悲しかつた。彼女こそいまもあの日の青春(わかさ)を乳房に抱きしめてゐる! しかも僕の背後(うしろ)に垂れる窓の帳(とばり)のむかふで、飾りをはづし、髪を解き、衣装をすべらし、沖の碇泊燈の一つだけを消し忘れて、言葉もなく暮れていつた。




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by hannah5 | 2016-06-18 20:56 | 詩のイベント | Comments(0)

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