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日本の詩を読むXI ~ 緊急的戦後詩再読提言(第5回)   


「戦後詩を読む」の第5回目は石原吉郎と吉岡実の予定でしたが、二人については過去に何回か講義したことがあるため今回は講義をせず、6回目に講義をする予定だった吉本隆明について学びました。(2/6/2017)

偶然というか面白いことに教室の参加者たちの中で吉本隆明に心酔していた、あるいは興味があったという人は一人しかおらず、吉本隆明をほとんど読んでこなかったとか、吉本隆明は避けてきたとかいう人ばかりで、どうやら吉本ファンは私たちより上の年代の人たちに多くて、その人達から吉本隆明を知ってかじったという人が多かったようです。かく言う私も詩を書くまでは吉本隆明とはまったくの無縁で、名前を知ってからもほとんど興味をもったことはありませんでした。というわけで、教室では吉本隆明については初心者として講義を聴きました。吉本の詩は今の時代の中では古い感じがしますが、ふと思ったのは、この不確実な時代にあってもしかしたら今こそ読んでみる価値があるかもしれないということです。大井浩一著 『批評の熱度 体験的吉本隆明論』、『吉本隆明前著作集』、詩集 『固有時との対話』、『転位のための十篇』、『記号の森の伝説歌』などの著作が教室で紹介されました。読んだ詩は「恋唄」、「固有時との対話」(最初の詩のみ)、「ちひさな群への挨拶」、「異教の世界へおりてゆく」でした。



異教の世界へおりてゆく

        吉本隆明


異教の世界へおりてゆく かれは名残り
をしげである
のこされた世界の少女と
ささいな生活の秘密をわかちあはなかつたこと
なほ欲望のひとかけらが
ゆたかなパンの香りや 他人の
へりくだつた敬礼
にかはるときの快感をしらなかつたことに

けれど
その世界と世界との袂れは
簡単だつた くらい魂が焼けただれた
首都の瓦礫のうへで支配者にむかつて
いやいやをし
ぼろぼろな戦災少年が
すばやくかれの財布をかすめとつて逃げた
そのときかれの世界もかすめとられたのである

無関係にうちたてられたビルデイングと
ビルデイングのあひだ
をあみめのやうにわたる風も たのしげな
群衆 そのなかのあかるい少女
も かれの
こころを掻き鳴らすことはできない
生きた肉体 ふりそそぐやうな愛撫
もかれの魂を決定することができない
生きる理由をなくしたとき
生き 死にちかく
死ぬ理由をもとめてえられない
かれのこころは
いちはやく異教の世界へおりていつたが
かれの肉体は 十年
派手な群衆のなかを歩いたのである
秘事にかこまれて胸を
ながれるのはなしとげられないかもしれないゆめ
飢えてうらうちのない情事
消されてゆく愛
かれは紙のうへに書かれるものを耻ぢてのち
未来へ出で立つ




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by hannah5 | 2017-02-10 19:41 | 詩のイベント

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