私の好きな詩・言葉(43) 「りんごへの固執」   


すごいなあと思う。りんごの姿が少しも見えてこないと思っていたら、いつのまにかりんごが浮かび上がっている。初めの3行はりんごのすべてを否定してしまって、りんごそのものの姿を解体している。どこにもりんごそのものの描写がない。りんごの環境と概念が羅列されているだけだ。しかし、読み終えるころにはりんごの姿だけを残して、言葉が消えている。谷川俊太郎の詩はいつもこうだ。私が負けたと思う瞬間である。


りんごへの固執

紅いということはできない、色ではなくりんごなのだ。丸いということはできない、形ではなくりんごなのだ。酸っぱいということはできない、味ではなくりんごなのだ。高いということはできない、値段ではないりんごなのだ。きれいということはできない、美ではないりんごだ。分類することはできない、植物ではなく、りんごなのだから。
花咲くりんごだ。実るりんご、枝で風に揺れるりんごだ。雨に打たれるりんご、ついばまれるりんご、もぎとられるりんごだ。地に落ちるりんごだ。腐るりんごだ。種子のりんご、芽を吹くりんご。りんごと呼ぶ必要もないりんごだ。りんごでなくてもいいりんご、りんごであってもいいりんご、りんごであろうかなかろうが、ただひとつのりんごはすべてのりんご。
紅玉だ、国光だ、王鈴だ、祝だ、きさきがけだ、べにさきがけだ、一個のりんごだ、三個の五個の一ダースの、七キロのりんご、十二トンのりんご二百万トンのりんごなのだ。生産されるりんご、運搬されるりんごだ。計量され梱包され取引されるりんご。消毒されるりんごだ、消化されるりんごだ、消費されるりんごである、消されるりんごです。りんごだあ!りんごか?
それだ、そこにあるそれ、そのそれだ。そこのその、籠の中のそれ。テーブルから落下するそれ、画布にうつされるそれ、天火で焼かれるそれなのだ。子どもはそれを手にとり、それをかじる、それだ、その。いくら食べてもいくら腐っても、次から次へと枝々に湧き、きらきらと際限なく店頭にあふれるそれ。何のレプリカ、何時のレプリカ?
答えることはできない、りんごなのだ。問うことはできない、りんごなのだ。語ることはできない、ついにりんごでしかないのだ、いまだに・・・・・


(谷川俊太郎詩集『これが私の優しさです』、「りんごへの固執」より)





谷川俊太郎(1931-)

1931(昭和6)  哲学者・評論家の父徹三と母多喜子の一人っ子として、帝王切開により
            生まれる。

1938(昭和13) 杉並第三小学校に入学する。何度も級長をつとめたが学校が楽しかった
            記憶はない。模型飛行機づくりや機械いじりを好んだ。音楽学校出身の母
            からピアノを習う。

1948(昭和23) 北川幸比古ら高校の友人の影響で、11月、ガリ版刷りの詩誌「金平糖」に
            2篇の8行詩を載せる。

1950(昭和25) 学校ぎらいが激しくなり、度々教師に反抗する。「蛍雪時代」や「学窓」などに
            投稿。成績低下し、定時制に転学して辛うじて卒業する。

1954(昭和29) 岸田衿子と結婚。

1955(昭和30) 離婚。

1957(昭和32) 新劇女優大久保知子と結婚して青山に住む。

1960(昭和35) 長男謙作誕生。

1963(昭和38) 長女志野誕生。

1989(平成1)  離婚。

1990(平成2)  佐野洋子と結婚。

作品

1951(昭和26) 「詩学」の推薦詩人に「山荘だより1・2・3」が載る。

1952(昭和27) 第一詩集『二十億光年の孤独』刊行。

1953(昭和28) 『六十二のソネット』刊行。

1955(昭和30) 『愛について』刊行。

1956(昭和31) 自作の写真と詩の『絵本』刊行。

1957(昭和32) エッセイ集『愛のパンセ』、『櫂詩劇作品集』刊行。

1958(昭和33) 『谷川俊太郎詩集』刊行。

1959(昭和34) 詩論集『世界へ!』刊行。

1960(昭和35) 詩集『あなたに』刊行。

1962(昭和37) 詩集『21』、エッセイ『アダムとイヴの対話』刊行。

1964(昭和39) 詩集『落首九十九』刊行。

1965(昭和40) 全詩集版『谷川俊太郎詩集』刊行。『日本語のおけいこ』刊行。

1967(昭和42) ショートショート集『花の掟』刊行。

1968(昭和43) 『愛の詩集』刊行。詩画集『旅』刊行。

1969(昭和44) 絵本『しのはきょろきょろ』、『現代詩文庫27谷川俊太郎』刊行。
            漫画「ピーナッツ」の翻訳開始。

1971(昭和46) 詩集『うつむく青年』刊行。

1972(昭和47) 記録映画「時よとまれ君は美しい」の脚本を書く。エッセイ集『散文』、
            『ことばのえほん』刊行。

1973(昭和48) 『ことばあそびうた』刊行。

1974(昭和49) 詩集『空に小鳥がいなくなった日』刊行。

1975(昭和50) 『定義』、『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』、
            『マザーグースのうた』刊行。

1976(昭和51) 絵本『わたし』刊行。

1978(昭和53) 詩集『タラマイカ偽書残闘』刊行。

1979(昭和54) 詩集『そのほかに』、『谷川俊太郎エトセテラ』刊行。

1980(昭和55) 詩集『コカコーラ・レッスン』刊行。

1981(昭和56) 『ことばあそびうた また』、『わらべうた』刊行。

1982(昭和57) 写真集『SOLO』刊行。詩集『日々の地図』刊行。

1983(昭和58) 『日々の地図』で読売文学賞を受賞。

1984(昭和59) 詩集『手紙』、『日本語のカタログ』、『詩めくり』刊行。

1985(昭和60) 詩集『よしなしうた』、『ことばを中心に』、『「ん」まで歩く』刊行。

1987(昭和62) 『いちねんせい』刊行。

1988(昭和63) 詩集『はだか』、『メランコリーの川下り』刊行。

1990(平成2)  詩集『魂のいちばんおいしいところ』刊行。

1991(平成3)  詩集『女に』刊行。
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by hannah5 | 2005-07-03 18:46 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

Commented by dahlia_xx at 2005-07-04 12:30
優しさがすうっと心に染み入るときって、
大泣きした直後のその一瞬なんだな、って気がつきました。
優しい言葉をありがとうございます。
心に留めたくて、TBさせていただきました^^
Commented by hannah5 at 2005-07-05 01:35
*だりあさん、TBありがとうございました。
大泣きした直後のその一瞬・・・
なるほど。そんな感じがありますね。
Commented at 2017-07-27 10:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hannah5 at 2017-07-28 20:27
鍵様
ずっと以前に書いたものまで遡って読んでくださって、ありがとうございます。
タイプミスの間違い、ご指摘ありがとうございました。
作品が最初に掲載された詩集につきましては、この時はまだ『定義』を読んでいなかったのと、この場は公の批評の場ではなく、自分勝手に読んで好きな詩をここに挙げているだけですので、このままにさせていただきたいと思います。

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