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私の好きな詩・言葉(47) 「父の死んだその日」 (神戸 俊樹)   


父の死んだその日
僕は独りになった
秋晴れの空は冬が間近いことを知っているらしく
冷たい北風を屋根の上に低く滑らせている
父の身体を取り囲む人達の顔がみんな他人に見えて
僕はいつになく身を強張らせていた
枯れ木のように痩せてしまった父の腕や肩が
すっかり僕を蒼白く悲しませた
顔は浮腫(むく)んで腫れあがり唇は蒼く
苦しかっただろうに
辛かっただろうに
それなのに
優しい微笑みさえ浮かべているような
父の静かな寝顔
きっとあの世で母に会えたのだろう
僕と暮らすことを夢見ていた父よ
こんなに冷たくなってしまって
死んでしまったら
やり直すことは出来ないのに
今はもう二十歳の大人の僕が
十八の時も十九の時も独りで生きてきて
これからもずっと独りで歩いて行くと思うと
あんまり心が寂しくなるのです


(神戸俊樹詩集 『天国の地図』より)




他二篇

過ち

おまえと過ごした日々が
全て偽りであったのかも知れない
取り返しのつかぬ私の過ちで
おまえを堕落させてしまった事に
私は幾年か経った今になって
自分の心の貧しさを責めているのだ
あんなにも烈しく求めていた筈なのに
あれはみんな
私のエゴイズムに他ならなかった
偽善と欺瞞の悲しい過去に
私はこんなにも蒼白くなって苦しんでいる
十七の少女の姿に
どうして私は素直になれなかったのだろう
蒼い夏は寂しい秋となって終わり
十月になれば二十歳の娘になるおまえの心に
おまえの想いに背いた私が
まだ残っているのなら
それを私に返してくれないか




無邪気な眼が
私を見詰める
不思議そうに
一心に見詰める
そのうちに
手が伸びてくる
何の惑いもなく
自然のままに
私を求めるように
私の腕に触れる
小さな 小さな
柔らかい
綿菓子のような手


解説

神戸さんは詩織にある日、コメントを残してくださった方でした。それは、他のブロガーの方たちとなんら変わりなく、けれど、私は神戸さんのブログ「天国の地図」を見ているうちに、神戸さんが詩を書く方であることを知りました。

『天国の地図』は神戸さんが初めて出された詩集の題名でした。震えるような思いで一気に詩を読みました。詩の背景も成り立ちも私の詩とはまったく違うのに、私はある種のなつかしさを覚えていました。詩集のあとがきにこう書いてあります。「私が詩に興味を持ったのは二十歳の時でした。最初に手にした詩集は『伊藤整詩集』、高見順『死の淵より』であり、この二つの詩集には大きな影響を受けました。そして自分も詩を書いてみようと思い最初に作った詩が「手術台に上がれば」でした。この詩は私が最初の心臓手術を受けた時のことを思い出して出来上がった記念すべき最初の詩でもあります。それをきっかけに次から次へと詩の創作意欲が湧いてきて、仕事中、バスの中など所構わず思い浮かんだ言葉を忘れないようノートに書き連ねて行きました。そして気がつくといつの間にか大量の詩が出来上がっていたのです。」詩集の詩はすべて20歳から28歳までに書いた作品だそうです。

過去の詩人たちから大きな影響を受け、自分でも詩を書き始める。詩作はごく真面目に詩人達の詩の形と詩心とを踏襲し、やがて自分の詩の形が出来上がってくる。そして、湧くように詩があふれだす。私も二十代の頃、過去の詩人達から大きな影響を受け、心の動揺を抑えることができないほど彼らの詩に没頭し、詩作の真似事をしていた時期がありました。神戸さんの詩になつかしさを覚えたのは、神戸さんの詩を読みながらその頃の想いがよみがえったからです。

神戸さんの詩はたぶんどれも実体験に基づいて書かれたものだと思います。そのことが、詩をより一層哀しく心打つものにしています。


神戸 俊樹(かんべ としき)

1956年生まれ、静岡県藤枝市出身。
幼少の頃心臓弁膜症に罹り、長い闘病生活を送る。
最初の心臓手術がきっかけとなり、詩を書き始める。
全国心臓病の子供を守る会会員。
うつ病回復を機に詩の創作を再開、300篇を超える詩が出来ている。
現在、東京都在住。

神戸さんのブログ 「天国の地図
ライフログに『天国の地図』をあげておきました。ごらんください。

by hannah5 | 2005-08-07 16:49 | 私の好きな詩・言葉

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