私の好きな詩・言葉(48) 「会社の人事」 (中桐 雅夫)   


「絶対、次期支店次長ですよ、あなたは」
顔色をうかがいながらおべっかを使う、
いわれた方は相好をくずして、
「まあ、一杯やりたまえ」と杯をさす。

「あの課長、人の使い方を知らんな」
「部長昇進はむりだという話だよ」
日本中、会社ばかりだから、
飲み屋の話も人事のことばかり。

やがて別れてみんなひとりになる、
早春の夜風がみんなの頬をなでていく、
酔いがさめてきて寂しくなる、
煙草の空箱や小石をけとばしてみる。

子供のころには見る夢があったのに
会社にはいるまでは小さい理想もあったのに。


(詩集『会社の人事』(1979年刊)より)



解説

中桐雅夫は日大芸術科を卒業後の25年間、新聞社に勤務した。「会社の人事」は会社勤めをする人なら誰もが経験する嘆きややり切れなさを抑えた筆致で表現している。

私の父はある時期まで出版社の営業をしていた。仕事ぶりは真面目そのものだったから営業成績はよかったが、会社の人間関係の中でうまく立ち回ることができなかったため、人員削減の時には居残れなかった。育ち盛りの弟と私を抱えて、次の仕事が見つかるまでかなり苦しい思いをしていたことを、後から母から聞かされた。この詩を読むと、私たち子どもには何も胸の裡を明かさずに定年を迎えた父の胸中を見る思いがする。


中桐 雅夫(なかぎり まさお)(1919-1983)

本名白神鉱一。
岡山県倉敷市出身。
幼少期から1940年に上京するまで神戸に住む。神戸高商中退。日大芸術科卒。
神戸高商在学中 『ルナ』 (後の 『ル・バル』)を編集発行。『ルナ』 は単なる地域詩誌を超えて、モダニズムの影響を受けた新人(鮎川信夫、牧野虚太郎、池田時雄等)を結集、戦後の 『荒地』グループの母胎ともなる。『ルナ』 の多くの詩人たちは、T・S・エリオットおよびオーデン、スペンサーなどの当時のイギリス詩の影響も受けていた。
詩集は1964年に戦後の作品をまとめた 『中桐雅夫詩集』 (思潮社)が最初であり、高村光太郎賞を受けている。詩集 『中桐雅夫詩集』 『夢に夢みて』 『会社の人事』、評論 『危機の詩人』 (現代イギリス詩人の研究書)、訳書 『オーデン詩集』 『第二の世界』
(集英社『日本の詩・現代詩集(一)』より)
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by hannah5 | 2005-08-14 19:24 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(8)

Commented by corazon141 at 2005-08-14 19:35
初めまして!まったく面識がないのに書き込み失礼します。
ホテルオークラで開催している絵画展で上村松園の『蛍」を見てきましたもので。
素敵な絵に感動していたところです。
Commented by hannah5 at 2005-08-14 19:42
*corazon141さん、はじめまして。
今、ホテルオークラで上村松園展、やっているのですか?
それは私も見てみたいです。
私は松園の絵が好きで、ロゴを使って、ずっと松園の絵の「展覧会」をしています。
1週間に1度、入れ替えますから、よかったらまたお越しください。
Commented by asdtm at 2005-08-14 22:33
人もうらやむような出世は、営業成績は勿論、コミュニケーション力、体力など全てが必要でそれが備わっているかどうかです。
それなりの歳になると自分がふさわしいのかどうかわかるんですね。
小石蹴飛ばしたくなる気持ちわかります。はんなさんは?
Commented by hannah5 at 2005-08-14 23:59
*asdtmさん、会社勤めしている人は皆、飲んで別れたあと、ひっそりと寂しくなるものではないでしょうか。
小石もけとばしたくなりますね。
私は今はこういう状態ではありませんが、以前勤めていた時は、帰り道、
ため息をついてはその日心にこびりついた垢を吐き出してました。
どうしても出て行かないときには、相手の顔を想像して、バカバカバカ!!と3,4回繰り返しました(笑)
それで、なんとか持ちこたえてましたね。
Commented by warau_1 at 2005-08-15 01:38
hannah5さま、こんにちは。先の文を読ませていただき、つくづく思います。戦後、国民の多くは、国復興に向けて「使い易い人間育て」がなされてきたものです。そして、物資が豊かとなり景気が上昇する中で、企業は「使いやすい人材」を求め育ててきた。だから、バブル経済崩壊に伴い
自己自立しなければならないのに、肩書きや企業の看板に依存しなければ仕事ができない人材ばかりとなってしまっています。
小泉首相は、政界の中のそうした古い体質改善を死ぬ気で取り組んでいる唯一の人物。そうした人物の多くが産業界にも多く登場して欲しいのですけれど・・・・・・・ね。
Commented by shou20031 at 2005-08-15 10:57
こんにちは
サラリーマンとして20年も働けばみんなこう思うのではないでしょうか。
出世も所詮は仮のもの、自分と言う存在を明確に残せるものなどないことに気がつくと尖がっていた人は丸くなりますよね。
功名心蓋を開ければしゃれこうべ
武士(もののふ)の功名心は戦場での殺し合いでした。なれの果ては首を討ち取られた姿。そしてその首に付いた値段でした。
皆様も、「もののふ」の世界へいかがですか。
Commented by hannah5 at 2005-08-16 00:48
* warau_1さん、どうなんでしょう?
一昔前の父の時代と今働き盛りの弟の時代を見ていると、企業や肩書きにとらわれないで生きていける時代になってきているといえるのではないかという気がします。
この詩が出された1979年というと、ちょうどバブルが崩壊する寸前のころでしたよね。
あの頃は日本中、会社に人生をささげて月に何十時間も残業しても良しとした時代だったと思います。
会社人間を生み出してきた時代だったともいえます。
それが、バブル崩壊で崩れて、今は表向き会社に人生をささげているように見えても、皆、プライベートな自分の人生を確立しようとしているのではないでしょうか。
Commented by hannah5 at 2005-08-16 00:52
*翔さん、
>自分と言う存在を明確に残せるものなどないことに気がつくと
それに気がつくのに、バブル崩壊、終身雇用制度崩壊という痛手を負わなければならなかったのではないでしょうか。
今の時代、もののふははやらないでしょう?(笑)
フリーターが増えている昨今、仕事は自分の生き方に合わせて選ぶ、自分の行き方に合わなければ、ずっとフリーターのままでいて、最終的に自分のしたい仕事なり生き方なりを選び取っていく、というのが今の時代の生き方なんだろうと思います。

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