私の好きな詩・言葉(52) 「雨ニモマケズ」 (宮澤賢治)   


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ


(日本の詩 『宮澤賢治集』 (集英社))



解説

宮澤賢治の詩「雨ニモ負ケズ」の実際のモデルとなったのは斎藤宗治郎という人です。宗治郎は、1887年、岩手県花巻市に禅宗の寺の三男として生まれました。小学校の教師をしていた宗治郎はやがて内村鑑三の影響から聖書を読むようになり、洗礼を受けてクリスチャンになりました。しかし、当時キリスト教は「ヤソ教」「国賊」と呼ばれていたため、宗治郎はクリスチャンになってから迫害を受けるようになり、石を投げつけられたり、親にも勘当され、小学校の教師も辞めさせられてしまいました。迫害は続き、何度も家のガラスを割られたり、9歳の長女が「ヤソの子」と言ってお腹をけられて腹膜炎を起こし、やがて亡くなってしまいました。長女が亡くなる時、賛美歌を歌ってほしいとせがまれ、賛美歌を歌うと「神は愛なり」と言って亡くなったということです。

そのような迫害の中で、宗治郎は神さまに祈り続け、信じ続けました。迫害のない土地へ引っ越すこともせず、牛乳配達と新聞配達のため、一日40キロの道のりを歩きました。10メートル歩いては神様に祈り、また10メートル歩いては神様に感謝をささげました。

子どもに会うと飴玉をあげ、仕事の合間には病気の人のお見舞いをし、励まし、雨の日も風の日も雪の日も、一日も休むことなく町の人々のために祈り、働き続けました。「でくのぼう」とののしられながら、宗治郎は最後まで愛を貫き通しました。1926年、宗治郎は内村鑑三に招かれて、東京に移りました。

「雨ニモマケズ」は、宗治郎の姿に感銘を受けた宮澤賢治が、せめて自分も宗治郎のような人になりたいという思いを込めて書いた詩です。



宮澤賢治(1896-1933)


1896(明29)  8月27日、岩手県稗貫郡花巻町に生まれる。

1911(明44)  5月、中学の遠足で小岩井農場へ行った。前年刊行の石川啄木の『一握りの
           砂』の影響から短歌を作り始めた。

1915(大4)   4月、盛岡高等農林学校農学科第二部に主席で入学。

1916(大5)   5月、最初の短編「家長制度」を書いた。11月、短歌「灰色の岩」29首を 『校
           友会会報』 2号に発表。

1917(大6)   7月、級友らと同人雑誌『アザリア』を刊行、短編「『旅人のはなし』から」と短
           歌「みふゆのひのき」など十首を発表。

1921(大10)  短編「電車」「床屋」「竜と詩人」を書く。また、「かしはばやしの夜」「月夜ので
           んしんばしら」「鹿踊りのはじまり」「どんぐりと山猫」「冬のスケッチ」「狼森と笊
           森、盗森」「注文の多い料理店」「烏の北斗七世」を執筆。12月、稗貫郡立稗
           貫農学校(のちの岩手県立花巻農学校)の教諭となる。

1922(大11)  『春と修羅』 執筆。11月、妹トシが25歳で死亡。臨終詩篇「永訣の朝」「松の
           針」「無声慟哭」を書いた。以後、精力的に詩作を続けた。

1928(昭3)   6月、肋膜炎にかかり病臥。

1931(昭6)   9月、再び発熱、病床につく。11月3日、「雨ニモマケズ」を書いた。
           
1933(昭8)   9月、永眠。享年37歳。
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by hannah5 | 2005-09-11 21:37 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(20)

Commented by satsuki_ok at 2005-09-11 22:11
小岩井農場は、素晴らしいところでした。
今もまだ、脈々と当時の農学への情熱の精神が受け継がれており、感銘を受けました、もう数年前の話になりますが。
そうですか、実在する人物が、モデルだったんですね?
知りませんでした。
背景を知ると、もっと奥深く感じられるものですね。
Commented by warau_1 at 2005-09-11 23:29
宮澤賢治、大好きです。彼の詩は、萩原朔太郎や芥川龍之介の様に
捉えるものごとを表現する詩の言葉に無駄がないですよね。
Commented by bucmacoto at 2005-09-11 23:37
コメントに苦慮します(苦笑)
私にとっても大切な詩なのですが、それだけによりいっそう。

そのくせ、もう暗誦できません(笑) < ボケかしら
Commented by hannah5 at 2005-09-12 00:02
*サツキさん、この話は先週、教会の礼拝中に聞いた話です。
実は私も知らなかったのですが、とても感動しましたよ。
小岩井農場、一度行ってみたいです。
Commented by hannah5 at 2005-09-12 00:10
*笑うさん、宮澤賢治は農業を指導していた人だけに、
彼の詩にはどこか科学的な雰囲気がありますね。
それと、陰鬱な長い冬を感じさせる詩がけっこうありますね。
Commented by hannah5 at 2005-09-12 00:13
*まことさん、詩の背景を知ってしまうと、
その分、コメントしにくくなるのかもしれませんね。
私も暗誦は苦手です。
私の場合は、もう、じゃなくて、ずっと昔からでしたけれど。。。(笑)
Commented by gauche3 at 2005-09-12 16:04
「雨ニモマケズ」は大好きな詩ですが、斎藤宗治郎の話は全然知りませんでした・・・
なんでそこまで出来るんだろう・・・
僕は神を信じていない訳では無いんですが、愛と信仰のバランスが解らなくなる時もあります。
何だかとても考えさせられる記事でした~。
Commented by bow-you at 2005-09-12 16:58
父が岩手出身なので、宮澤賢治はわりと馴染みがあり、誇りも感じていました(^^)
彼の作品の中で一番印象深かったのは「注文の多い料理店」だったかな。
小岩井農場なんて、何回デートで行ったやら(笑)
そんなんでしたから、井上陽水の「ワカンナイ」を聴いたときのショックったら…。ご存じですか?
Commented by bucmacoto at 2005-09-12 18:08
これは私も昔から同じですよ。

> 私も暗誦は苦手です。

ただし、それでも憶えようとして一度は暗記できたはずなのです。
 ・・・でも、もう書き下せません。
お経や歌と同じですね。 < 繰り返しをやめると細部は忘れてしまいます。
Commented by hannah5 at 2005-09-12 22:22
*gauche3さん、強い信仰をもてばもつほど、人は迫害に耐え抜こうとします。
逆に言うと、なんでそこまで迫害を加えなければならないのか、ということになりますね。
Commented by hannah5 at 2005-09-12 22:24
*ボウさん、へ~、小岩井農場でデートしたのですか?
なんかいいですね~^^

「ワカンナイ」は聴いたことありません。
どんな曲ですか?
Commented by hannah5 at 2005-09-12 22:27
*まことさん、たぶんもっと熱心にやれば、暗記も楽なんでしょうけど、
たま~に思い出したように暗記しようとしても、だめですね。
暗記が苦手だから、暗記なんて単純きわまりない行為だなどと
ほざいてみたりするのですよ、私は(笑)
Commented by thatness at 2005-09-12 23:22
「雨ニモマケズ」にモデルとなる人物がいたというのは初耳で大変驚きました。「雨ニモマケズ」は、遺品の手帖のなかから発見された作品ですが、賢治の手帖といえば肥料の化学式や法華経の文言や図式ばかりで埋め尽くされています。手元にある古い雑誌にはこの件にふれた論考は皆無なので、最近の研究成果なのでしょうか。
賢治の詩作品や童話は幻想的ですが、身近な風景や人物にインスピレーションを得る場合が多いし、献身的な宗教家に賢治がオマージュを感じることはおおいにありえます。
ただ、読者に「この作品のモデルはだれだれです」と断言されると、作者は返答に困ってしまうかも知れませんね...。
Commented by hannah5 at 2005-09-12 23:55
*thatnessさん、最近の研究成果かどうかわかりませんが、
この話は先週、うちの教会の礼拝でも聞きましたし、
他の場所でも同じ事が書かれているのを読みました。

>作者は返答に困ってしまうかも知れませんね...。
どうでしょうか。。
でも、この話が本当なら、困ることもないような気がしますけど。。
Commented by bow-you at 2005-09-14 13:26
井上陽水の「ワカンナイ」、全部を載せると著作権の問題もありかと思うので、一部だけ書いておきますね(一部も本当は疑わしいところなのかもしれないけど(笑))

雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ちつづけて
一日、すこしのパンとミルクだけで
カヤブキの屋根まで届く
電波を受けながら暮らせるかい?

南に貧しい子どもが居る
東に病気の大人が泣く
今すぐそこまで行って夢を与え
未来の事ならなにも
心配するなと言えそうかい?

君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイ
Commented by nejimakio at 2005-09-14 21:03
宮澤賢治は 春と修羅のような ぶっとんだ詩が好き^^あの時代にあの言葉使うのが凄い!
Commented by hannah5 at 2005-09-14 23:52
*ボウさん、なるほど。。。
でも、これって割と正直じゃないですか?
わかったような顔をして、「雨ニモマケズ」はぁ~・・・とやらないところが買えるかと思いますが。
宮澤賢治が古くさくて食えない、と皮肉っているようにも聞こえますね。
Commented by hannah5 at 2005-09-14 23:56
*ねじさん、本当にそうですよね。
宮澤賢治の言葉はあの時代でとても新しいと思います。
Commented by bucmacoto at 2005-09-16 18:45
迫害する者の心理と、逆境に耐えても進まんとする精神と。
 ぶつかり合ってもすれ違ってもカナシイです。
万の言葉を呑み込んで 百の行動を示しても,伝わらないこともあります。

"果てしない繰り返しが いつか潰える、いつかは実る"
そういうひたむきさは、人の気持ちを引かせることもある。
怖さと畏れを感じるか、すごいとカッコいいと感じるか、紙一重ですね。
Commented by hannah5 at 2005-09-16 21:10
*まことさん、そうですね。
取り方によっては、寄り付けないこともあるでしょうね。
人それぞれなので、こういうのがいいという人もあれば、
もっと穏やかなのがいいという人もあります。
この例は一つのやり方で、万能ではないと思いますが。

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