私の好きな詩・言葉(55) 「きょうの詩」 (水無月 科子)   


鉛筆の詩が一行また一行サリサリとできていく

ペンの詩が一文字一文字スルリスルリとにじみ出る

ワープロでカタカタ入力しキクッと変換ののち選択
行変えして段落つけて詩ができた

パソコンの詩はことばもキーも随分軽やか
勢いがついての入力違いも問うてくる
確認済ませてマウスでOK
文字も明朝体でくっきりとプリントできた
これは自分の詩あわせて名前を打ち込んだ

パソコンで鉛筆の詩を書く
ペンの詩を書く
鉛筆の風を
ペンの空を書きたいと
飛行機で地上を歩くようなこと言っている

身体からゆるりゆっくり
もやっと生まれ出る詩のことば
わたしに馴染んだ普段使いの親しい
けれど新鮮な詩のことば

パソコンで詩のかたちにしながら
はじめて鉛筆で詩を書いたときのように
書かずにはおれなかった思い
きっと感受しているわたしの生の起源から
今もこれからも
繰り返し呼吸している
ことばの気管で


(『旋律』第13号、「きょうの詩」より)



解説

ふとしたきっかけで主に長崎県の詩人たちでつくる詩の同人誌 『旋律』 に出遭った。どんな人たちが投稿しているのか知らない。しかし、どの詩もなかなかの力作揃いである。何気なく読んでいるうちに、ふと、水無月科子という詩人の作品に目が止まった。言葉がわかったし、現実感があった。そして、何よりも詩人の詩を感じた。

昔、私は原稿用紙に詩を書いていた。今は、詩のみならず、手紙も文章もすべてパソコンで書くようになった。それは私にとってごく普通の作業だ。ある時、ある人に言われた。原稿用紙に書くのとパソコンで打つのとではやはり日本語が違いますよね、と。それで、それまでパソコンでしか書かなくなっていた詩を原稿用紙にも書いてみた。原稿用紙で詩を書く時は、一語づつゆっくり考えながら書く。パソコンで書く時は、詩全体が塊のように生まれてくる。一語に費やす時間はほとんどない。原稿用紙で見たパソコンの詩は、なんとも忙しく、まるで情報のようだった。

水無月さんが編集後記で引用された西日本新聞学芸・芸術面(2004年6月9日付)の福岡大学人文学部教授、陣川桂三さんの記事をここにそのまま引用させていただく。

  ペンと紙で手紙を書く。例えば「きらいだ」と伝えようとするとき、手書きの場合は「嫌い」「きら
 い」「キライ」のいずれを使うのか一字一句考えて、書く。時間もかかる。必ず相手の顔を思い
 浮べる。相手をおもんばかって、「きらい」と書くことを止めることもある。その判断にも時間と
 労力を費やす。そこには自分が書いている文字が、意味や意思を表す意思文字であるという
 無意識の自覚がある。
  一方、パソコンや携帯電話で、ローマ字入力を使って文章を打つ場合、「KIRAI」とキーを打
 ち、変換する。考えて書くというより、文章をおいていくといったほうがふさわしい。もっといえ
 ば、「書く」というより「植字」だ。思いついたことばの読みを、そのまま映した表音文字といって
 よいかもしれない。
  しかし、受け手は、相手が思いつきで書いた表音文字とは受け取らない。書き手の意思が託
 された表意文字と読む。(略)若い人たちは、相手の顔を思い浮べるより早く、思ったことをデ
 ジタルですらすらかけるのだから。

パソコンで詩を書くことも、原稿用紙に詩を書くことも、詩を書く作業には違いない。しかし、詩を書くスピードも詩を届ける相手もまるで違うと思う。「きょうの詩」は、パソコンで詩を書くことが当たり前になってしまった私を立ち止まらせ、詩を書く作業をもう一度見つめ直させてくれるきっかけになった詩である。


水無月 科子(みなづき しなこ)

詩人。
1951年、長崎県佐世保市生まれ。
デパート企画宣伝部20年勤務後、広告代理店を経て現在企画会社に勤務。
詩誌 『環』、詩とエッセイ 『BO』 同人を経て、月刊誌などにも詩を投稿。
現在、詩誌 『旋律』 編集発行。
十代の記念に友人二人と詩の冊子 『若葉の頃に』 500部を発行。
2003年、詩集 『四拍子の朝に』 発行。
夫、息子二人、姑、犬、猫と暮らす。
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by hannah5 | 2005-10-09 23:54 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(6)

Commented by tkz_s at 2005-10-10 02:59 x
はじめまして
 気付きをありがとうございます。
まさに これは全ての事に言える事! 「書く以前」「読む以前」の、、それ以後よりも重要な事なのかも知れません。

>正に、書くというより植写だ! 、、、
>相手が思いつきで書いた「表音文字」を「表意文字」として読む。
なるほど、、、、
これら人が想像した感性を表現するのは、、、非常に難しい、、、、
全てを表現できる道具をもっていないし、それは出来ない事。
送りて、から受けてへと、、、、、誤解が生じ、、、普通の場合これが最悪の事態に陥る。しかし芸術といわれる又はその様なもの、にはその誤解を楽しむという事が出来る。唯一なものに感じる。あーーー
人の感性は無限だーー

何時もこの、、、以前が大事と思っています。
これは、表面に出ませんが、、、ココロの基本的な動きですね。
その後出力される内容よりも重要かも知れません。(自分自身に対して)
今後共宜しくお願いします。
Commented by bow-you at 2005-10-10 07:01
ことばの気管! こんな表現の仕方があるんですね!
素敵な詩を紹介してくださり、ありがとうございました。
私はもっぱらワープロ(PC)に打ち込みます(笑)
Commented by bucmacoto at 2005-10-10 20:35
一筆献上♪

 鉛筆をにぎり
 書を描くように
 ひとつずつ
 ことば を
 描いてゆく

 紙を手に取り
 衣擦れのように
 一枚ずつ
 想い を
 数えておく

 墨汁にひたして
 かすれない
 にじまない
 筆と紙とで
 言葉を描く

おそまつかも・・・(PC書きです)
Commented by hannah5 at 2005-10-10 23:16
*tkz_sさん、はじめまして。
コメントありがとうございました。
気づかせてくださったのは、私ではなく、水無月科子さんです。
この詩のおかげですね。
Commented by hannah5 at 2005-10-10 23:22
*ボウさん、心に残るおいしい詩をここで皆さんと一緒にたくさん読んでいきたいと思っています。
Commented by hannah5 at 2005-10-10 23:27
*まことさん、おぉぉ、なかなかいいです^^
ありがとう。

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