私の好きな詩・言葉(61) 「リンゴとケーキ」 (母の歌)   


電話口に言ひわけめきしわが姿慰みかねつ日の暮るるまで


おのれ憂きひと日暮れたり駅前の果物屋に紅きりんごを択ぶ


りんご買ひ豆腐屋にきて豆腐買ひ癒されてをり灯ともる町に


夜(よ)の坂をケーキ提げくる子に逢へり行き過ぎてのちをかしさは湧く


雨降らぬやと姉の軽口おとうとが買ひて戻れるケーキを前に


アルバイトの金もてかんがへ子が買へるケーキを囲みうからの四人


もの洗ふうしろより娘(こ)が語りかく町の小鳥屋の子兎のこと


笑ひころげて娘(こ)が寝ねしあと夜半にして思ふばかり可笑しかりしや


(歌集 『水音』 より)





解説

母は若い頃より詩作をしていたらしいが、いつのころからか短歌に親しみを覚えるようになったようだ。著名な歌人の短歌の会に所属していて、数か月に1回の割合で歌会に出席していた。同人誌の投稿締切日が近づくと、よく2階の私の部屋を借りては何やらしきりにひねっていた。母の筆は遅々として進まなかったようで、よく「苦しい」と言っていた。

「リンゴとケーキ」という小題のついた歌8首は、恐らく弟が大学生の時に詠んだ歌だと思う。弟と私は4つ違いである。そういえばこんなこともあったかと、母の歌集を読んでいて懐かしくなった。当時は母が歌を作っていることを何とも思っていなかったし、他の人たちは母の感性をほめていたようだが、私自身は母の歌を読んでもあまり興味もわかなかった。しかし、詩を書く今になって、またそのころの母の年齢に近づいてきているこのごろ、当時の母の気持が少しづつわかるようになった。

現在の母は少しづつアルツハイマーが進行していて、自分が歌を作っていたことさえ忘れてしまったようだ。若さは一時のもの、才能もある時期が来ると消えるものだと、言葉がもどかしくなった母を見ていて思う。けれど、若かった家族がある季節を寄り添って生きていたことは決して消えてなくならない。
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by hannah5 | 2005-11-27 23:28 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

Commented at 2005-11-28 00:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hannah5 at 2005-11-28 16:26
*鍵さん、慣れないのでご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。
Commented by aki at 2005-11-28 22:35 x
はんなさんのとても明るい詩を読んだ日、偶然ほかのページでお母様のことを知って、胸が突かれた思いがしていました。
 お母様のとらえた日常の中に、軽口をたたく娘、笑い転げて、そんな姿を永遠にとどめた短歌。それらが、洗練された言葉と一緒になって美しすぎて、胸をしめつけます。
 はんなさんの詩の奥深くに流れる水音のように、短歌の一筋一筋が伝わってきました。
 お母様の歌、本当に素敵です。温かい家族の温もりに、お母様が今も変わらず、包まれていますように。
Commented by hannah5 at 2005-11-28 23:53
*aki さん、あたたかいコメントありがとうございます。
母は年を取りアルツハイマーになって一日中のほとんどをベッドで暮らしていますが、
天性の明るさだけはいつまでも変わらないようです。
それが家族にとっては一番の救いなのかもしれません。
そして、案外長生きするかもしれないなどと思ったりします。
脳細胞の積み木はひとつづつ落ちていくようですが、心の積み木は落ちていかないようですね。

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