私の好きな詩・言葉(64) 「詩篇 46」(旧約聖書)   


神はわれらの避け所、また力。
苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。
たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。

たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、
その水かさが増して山々が揺れ動いても。セラ

川がある。その流れは、
いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。
神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。
神は夜明け前にこれを助けられる。
国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。
神が御声を発せられると、地は溶けた。
万軍の主はわれらとともにおられる。
ヤコブの神はわれらのとりでである。

来て、主のみわざを見よ。
主は地に荒廃をもたらされた。
主は地の果てまでも戦いをやめさせ、
弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。

「やめよ。
わたしこそ神であることを知れ。
わたしは国々の間であがめられ、
地の上であがめられる。」
万軍の主はわれらとともにおられる。
ヤコブの神はわれらのとりでである。




解説

今夜の祈祷会は私が説教します。(説教タイトルは「不確実な時にこそ、主を信頼しよう」です。以下はごく簡単な説教要約です。)

神の民、ユダヤ人は神を公けに告白しましたが、同時に個人的に近い神であることも告白しました。詩篇では、神は「避け所」であり、「力」であり、「とりで」であると言っています。「避け所」には「休息できる場所」、「敵の手から身を隠すことのできる場所」、「安全な場所」という意味があります。「力」は全能なる神を意味し、避け所なる神に身を寄せる時、主はその力を発揮して守ってくれます。「とりで」は敵が攻めてきた時によく見えるように、通常人里離れた小高い所に建てられました。このことから、神は私たちを敵の手からとりでのように守ってくれます。「川」は「祝福」、「救い」、「いのち」などを象徴しています。

神は地震や洪水、津波、台風などの自然の災害や、政治、文化、経済などの人間社会の環境の変化の中でも常に変わることがありません。詩篇46では、神は決して私たちを見捨てず、朝ごとに変わることのない永遠の愛を与えてくださると告白しています。

詩篇は最後に、静まって「わたしこそ神であることを知れ」とながしています。「神を知る」とは聖書を通して神についての知識をもつことであり、個人的に神を体験し、神が避け所、力、とりでであることを知り、神が「国々の間であがめられる神」であることを知ることです。

神は困難な時も平安な時も、いつも私たちとともに歩いてくださいます。最後まで神を信頼し続けて、賛美し礼拝しましょう。主は私たちの避け所、私たちを守る方です。
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by hannah5 | 2006-01-25 16:49 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

Commented by aki at 2006-01-26 19:12 x
 はんなさんは、伝道者なのですね★ (しみじみ)
 語られるお姿を想像しつつ・・・・・・^^。
Commented by hannah5 at 2006-01-27 11:39
*aki さん、はい^^
イエスさまに献身して歩いてきましたから。
Commented by アンデレ at 2006-02-16 17:29 x
詩篇46編は私たちの教会の礼拝でも良く用います。この詩篇では主の力強さを感じます。私の好きな詩篇は第23編です。
「主はわたしの牧者、わたしは乏しいことがない。
神はわたしを緑の牧場に伏させ、憩いの水辺に伴われる。
神はわたしの魂を生き返らせ、み名のゆえにわたしを正しい道に導かれる。
たとえ死の陰の谷を歩んでも、わたしは災いを恐れない、あなたがわたしとともに居られ、あなたの鞭と杖はわたしを導く。
あなたは敵の見ている前でわたしのために食卓を整え、わたしの頭に油を注ぎ、わたしの杯を満たされる。
神の恵みと慈しみは生きている限りわたしに伴い、わたしは永遠に主の家に住む。」
日本聖公会祈祷書より引用しました。この詩篇は良く葬儀の際読まれますね。私の時も此れを読んで欲しいと思っています。
イエスキリストの恵み神の愛、聖霊の交わりが常にあなたと共にありますよう。
Commented by hannah5 at 2006-02-17 01:18
*アンデレさん、ありがとうございます。
私も詩篇23篇は好きですよ。
アンデレさんの上にもイエスさまの深い愛と恵みがあふれるばかりに注がれますように。

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