私の好きな詩・言葉(67) 「木の実」(茨木のり子)   


高い梢に
青い大きな果実が ひとつ
現地の若者は するする登り
手を伸ばそうとして転り落ちた
木の実と見えたのは
苔むした一個の髑髏(どくろ)である

ミンダナオ島
二十六年の歳月
ジャングルのちっぽけな木の枝は
戦死した日本兵のどくろを
はずみで ちょいと引掛けて
それが眼窩(がんか)であったか 鼻孔であったかはしらず
若く逞しい一本の木に
ぐんぐん成長していったのだ

生前
この頭を
かけがえなく いとおしいものとして
掻抱いた女が きっと居たに違いない

小さな顳顬(こめかみ)のひよめきを
じっと視ていたのはどんな母
この髪に指からませて
やさしく引き寄せたのは どんな女(ひと)
もし それが わたしだったら・・・・・・

絶句し そのまま一年の歳月は流れた
ふたたび草稿をとり出して
褒めるべき終行 見出せず
さらに幾年かが 逝く

もし それが わたしだったら
に続く一行を 遂に立たせられないまま


(茨木のり子詩集 『自分の感受性くらい』 より)


※なぜか「こめかみ(顳顬)」の「かみ」の漢字部分が文字化けしてしまい、いくらタイプしても正しく現われません。




解説

強烈な印象だった。苔むしたどくろが南国の平穏な暮らしの中に放置され溶け込むようにして年月が経った風景と、それが元日本兵のどくろだったという話。冷めた筆致の裏に、戦争に対する強烈な怒りを感じた。

私が本気で詩を書こうと思ったのはここ2、3年のことで、それまで詩とはおよそ無縁の生活をしていたから、茨木のり子さんや 『詩学』 や 『櫂』 に集っていた詩人たちの詩はほとんど読んだことがない。茨木のり子さんが2月に亡くなった時、あちこちで茨木のり子さんを悼む記事や書き込みを見かけた。なんとなく気になったので読んでみた。生きているうちに、この人の詩を読んでおかなかったことが悔やまれた。彼女が言いたいことや思っていることがこちらにまっすぐに伝わってくる。「文学臭くて敷居の高く容易に近づけない人」ではなくて、普通の気持で普通に会える人だと思った。そして、会ったらたぶん詩とは関係のない話をしていたに違いないと思った。


略歴

本名三浦のり子。1926年(昭和元年)、大阪市十三に生まれる。東邦大学薬学部卒。1950年、当時村野四郎が選者であった 『詩学』 に、はじめて投稿した作品が掲載され、以後1952年まで投稿を続ける。1953年、同じく 『詩学』 の投稿家であった川崎洋氏と 『櫂』 を創刊。『櫂』はやがて谷川俊太郎、吉野弘、水尾比呂志、大岡信、中江俊夫、友竹辰らを同人に加え、昭和生まれの詩人たちの最初の大きなグループとなった。

1955年、第一詩集 『対話』 を不知火社から刊行、以後の詩集には 『見えない配達夫』、『鎮魂歌』、『茨木のりこ詩集』、『人名詩集』、『自分の感受性くらい』 がある。また1957年の 『櫂詩劇場』 に「埴輪」を収める外、ラジオドラマもある。散文集に 『言の葉さやげ』、中学生のための詩人の伝記 『うたの心に生きた人々』、愛知県民話集 『おとらぎつね』 などもある。

2006年2月、逝去。享年79歳。


(集英社 『日本の詩・現代詩集二』 より引用抜粋)
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by hannah5 | 2006-03-12 23:02 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

Commented by squeu at 2006-03-13 00:02
私は、茨木のり子という方を始めてしりましたが、いい詩ですね。
続く一行・・・・私も立たせられない気がします。

あるのは一瞬でも その一瞬にはいろいろなものが詰まっているんでしょうね。
Commented by aki at 2006-03-13 19:16 x
 この詩を読んでどれほど懐かしく、そして新しく読めたことか……。不思議にもはんなさんが選び取って掲載されて改めて、茨木さんのまなざしが、この頭骨を「男」として見つめ、「人」として向かい、自分を「母」にも「女」にも変化させてこの一兵の命を悼んだことに思い及びました。
 この詩を選ばれたはんなさんに、敬意を表します……。

 茨木さん、本当に、色々なおしゃべりができそうな方だと私も……。実際にお会いしたいと何度思ったか。永遠のどこかでお会いしたいと、今は思います。
Commented by hannah5 at 2006-03-14 02:03
*squeu さん、心にどんとくる詩ですよね。
私も立たせられないと思います。
Commented by hannah5 at 2006-03-14 02:06
*aki さん、本当にすごい詩ですね。
大げさみたいですが、高村光太郎以来、久しぶりに詩にえぐられる思いをしました。

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