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Double Standard   


コーヒーを飲みながら
ぼんやり本を読んでいた私のうしろを
首が折れそうなくらいに背中を丸めた老女が
スーパーの袋を抱えて通りすぎた
真っ赤な分厚いカーデガンと真っ赤なスカート
頭からすっぽりスカーフをかぶったいでたちは
若者たちで賑わう店内でひときわ目立った

ナプキンを三、四枚引きはがすように取ると
メールをしていた若い女性の隣に腰をおろした
買ってきたコーヒーには口もつけずに
トレーに敷かれたチラシを丹念に読んでいる

ふと、何とも言えないすえたにおいが漂ってきた
においの発生地はどうやらその老女らしかった
それは長い間風呂にも入らず
路上で暮らしてきたにおいだった
私は気にしないようにして
本に眼を戻した
すえたにおいは何度も
ぷん、ぷん、とにおってくる

やがて一人の男が老女に近づくと
「すみませんが・・・」と言っている
老女は怒ったように立ち上がると
ぷいと店を出て行った
男はあとに残されたトレーをつかむと
まるで汚物でも捨てるように
トレーの中身をゴミ捨ての中に一気に投げ入れた

私は最後まで黙って見ていた
ホームレスの一人くらい
あたたかい店で過ごさせてあげればいいのに
そう思いながら
たった今出て行った老女のあとを追いかけて行けずに
椅子に張りついたまま坐っている自分がいた
冷たい人たち!と他人をなじる前に
追い払われてしまった哀れなホームレスの老女に
声ぐらいかけてあげればいいじゃないか

でも、今休憩中だし
もうじき帰る時間だし
追いかけたって、私にはどうすることもできないし

頭の中を次々と言い訳が通りすぎた
おじけずいている顔が寂しく笑っていた

祈っている
この次はもっと心が大きくなっているように
必ず一歩が踏み出せるように
愛することを
握りしめていることができるように

by hannah5 | 2006-05-19 23:55 | 作品(2004-2008)

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