私の好きな詩・言葉(77) 「おんぶらまいふ」 (小池 昌代)
2006年 06月 18日
ふかくあいしあったので私たちはけっこんした
のではなかった
彼も私も そのころもやっぱり ひりひりするほどひとりで
いっしょにくらしましょう
あなたのみかたになってあげる
ひとりのにんげんにひとりのたしかなみかたがいれば
いきていかれる
まなざしのきれいな なまいきな弟のようなあなたよ
かならずしも お互いがお互いでなくてもよかったのかもしれないのだ
けれども どこかこころの深いところに
雨粒のようなりゆうがひとつ
ふいにおちてきたような すばやさで
私はいくことを決めていた
えらぶことなんてできるのかしら ひとをえらぶなんて
そんな おそろしいこと不遜なこと
ならば 事故のように出会おうとおもう
おんぶらまいふ(なつかしい木陰よ)
老夫婦たちがふたり並んで歩いていく姿は
この世で見たいちばんうつくしい風景だった といって
グレタ・ガルボは死んだ
目のくらむような永い年月を 1人の男に1人の女に
よりそっていくことが どういうことか
そのとき私には想像ができなかった
ある朝
大きな翼をひろげて鳥が
私の胸に降り立ったのだ
びっくりしてはねおきたら
それは鳥ではなく 男のおもたい右腕だった
そのとき私はすくなくとも
すくなくともこんな種類の朝ははじめてだ としずかなきもちでかんがえていた
おんぶらまいふ(なつかしい木陰よ)
目がさめると そばにひとがいた
触ってみるとあたたかかった
そして とびきりびんぼうだった
(『現代詩文庫 小池昌代詩集』より)
ひとこと
いろいろな結婚がある。けれど、こんなふうにふいに落ちてくるのもまた結婚だろう。小池昌代の詩の中で比喩のないこんな詩も好きだ。
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by hannah5 | 2006-06-18 19:27 | 私の好きな詩・言葉