私の好きな詩・言葉(78) 「点のカイト」 (光富 郁也)   


江ノ島の砂浜で、
少年だったわたしは、
父とカイトを、飛ばした。
父の、大きな背の、
後ろで空を見上げる。
埋まる足元と、手につく砂。
潮風に乗って、
黒い三角形のカイトは、
糸をはりつめて、遠く浮かぶ、
追いつくことのできない、
二人で見続ける、
空の点。

ヘッドホンで、
CDを聴く夜。
不安をやわらげるため、
処方された漢方薬、
薄い茶色の、舌にはりつく、
顆粒を、
ウーロン茶で、二回にわけて、飲む。
オウム貝の、ライトの明かりだけで、
眠くなるまで、
ベッドの中から、
床のすみに放られた、
アルバムを手にする。
オレンジに照らすページを開くと、
正月に、江ノ島で遊ぶ写真があった。
腰を曲げ、
黒いカイトの糸をほどく、父と、
紙袋を後ろ手にしている、わたし。
それぞれ、帽子をかぶり、
色黒の父と、
色白のわたしが、
カメラのレンズの側の、
母に向かって、笑っている。

半身を起こし、
わたしの横顔を、
ストロボより激しい、
カミナリの光が照らす。
腕を伸ばし、窓を開け、
二十年は会っていない、
亡き父はどこかと、空をあおぐ。

いま、
黒い点が拡がり、
巨大なカイトで覆われた、
夜の空から、雨が降り注ぐ。
カイトのビニールにあたる音。
わたしは、枕元のライトで、
一眼レフの脇の、
紺の帽子を探し、かぶり、
湿った風の匂いに、
こぼれた薬が、
胸もとに散らばり、
さわってみると、砂の感触がある。


(詩集 『サイレント・ブルー』 より)





「ムーンライト」

夜、
白い、
薬局の袋を、
脇のテーブルに置き、
ベッドで、
眼鏡をかけて、
サティのピアノ曲を、
BGMに、
月が映し出される、
ビデオを観る。

海の、
おだやかな波を、
照らす月。

月は鏡になり、
わたしの半身を映し、
ゆらぐ雲に、
光は、
夜の部屋で、
青い。

月は、
金色の光をはなち、
視界いっぱいに拡がる。

わたしは、
眼鏡を、
枕の脇に置き、
グラスの氷水で、
渇いた喉をうるおし、
波音を聞きながら、
目を閉じる。
はだかの、
肩がこころもとなく、
手をまわす。
雨がふりだし、
わずかに、
湿った風が吹く。
体をまるめ、
膝を曲げる。
伸ばした手に、
白い袋があたり、
床に、
錠剤が、
散乱する。
波に流され、
月に向かう、
ふるえる、
濡れたまつげ、
月の光が、
まぶたを、
通して、
青い。

寝返りをうち、
月の裏側で眠る夜。


解説

光富さんの詩から受ける印象はマリン・ブルー。海の底にいるのとも違うし、海の上をヨットで進んでいるのとも違う。静かな青の底で、光富さんの幻想的なイメージがゆらめき、思い出が語られる。

いじめられて孤独だった少年時代。思いがけない父の死。その傷はまだ癒えていないのだろう。詩集の中に「サイレント・ブルー」という作品があるが、その中に次のようなくだりがある。「水をすくう手で、顔を覆う。鼻の両脇から、あごへと、指がなぞる。口内炎が傷む。閉じた目を開けると、明かりが切れ、窓の街灯の、青い光に、水面がゆらめいている。体についた、古い小さな傷を上からなぞる。左の手の平の、奥にあるほくろのような、鉛筆をさされた痕。右手首、化膿して盛り上がった痕。左足かかとの近くの、肉のえぐれた痕。左腹部の大きな茶色のあざ。ひたいの疱瘡のくぼみ。二の腕の、赤く長い傷は、まだ痛む。手に、緑の長い髭がからまる。」(「サイレント・ブルー」より抜粋)肉体の傷は癒えていない心の傷を象徴しているかのようだ。しかし、詩は傷を静かに見つめている。


光富 郁也(みつとみ いくや)

1967年、山口県生まれ。現在、神奈川県在住。
横浜詩人会会員。
個人詩誌「i.k.」編集発行。
第13回国民文化祭「現代詩大会」おおいた1998入選。
第15回国民文化祭「現代詩大会」ひろしま2000入選。
詩集 『サイレント・ブルー』 (土曜美術社)、第33回横浜詩人会賞受賞。
光富さんのブログ: 「詩という生活
ホームページ: 「サイトM
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by hannah5 | 2006-07-02 00:49 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(6)

Commented by みつとみ at 2006-07-02 09:57 x
詩のご紹介ありがとうございます。
うれしいです。
はんなさんのいちにちがよい日でありますように。
Commented by 青空カエル at 2006-07-02 11:29 x
江ノ島でのカイト遊び お父さんと飛ばしたカイト 20年は会っていないお父さんとの楽しかった想い出…
私も 次女と 近くの河原でカイトを飛ばして遊んだことがあります 娘が中学生の頃? 家内が何かのクイズで当てたものです 今は部屋の壁に飾っています(幅1mくらい オレンジと緑色の) その時はうまく飛ばす事ができずがっかりしました
すてきな詩を拝見し 心がほんのりしてきました ありがとうございます
昨夜は 沖縄の「ナミイおばあ」の映画を観にいきました 上映後 ナミイおばあに話しかけ握手もしてきました うれしかったです では また
Commented by hannah5 at 2006-07-02 23:35
*光富さん、拙いご紹介でしたが、光富さんの詩をご紹介できてよかったです。
最後の2行、訂正しました。
Commented by hannah5 at 2006-07-02 23:37
*青空カエルさん、良い作品に出会うというのは幸福ですね。
ナミイおばあって知らないのですが、有名なのですか?
Commented by sinkaeru at 2006-07-03 01:42
ナミイおばあは 沖縄では伝説的な女性だと思います 確か何年か前 NHKのドラマか何かに出演されたと思うのですが…? 少女時代から大変苦労をされた方ですが そんなことはみじんも感じさせないで 前向きに元気一杯活動しておられる島唄の現役歌手です 映画の原作は 「ナミイ! 八重山のおばあの 歌物語」(作家・姜 信子氏著 2006.1.25 岩波書店 刊)です おばあは 三線を自在に弾く方です ご紹介まで 
Commented by hannah5 at 2006-07-04 02:09
*青空カエルさん、ナミイおばあについて教えていただきありがとうございました。
しばらく日本を離れていた時期がありましたので、その間、ナミイおばあのことは見過ごしたのかもしれませんね。

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