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男と猫   


その猫は
夜になると表に出て
誰を待つともなく待っていた
きちんと前足を揃えて
眼を小さく細めて
飼い主に見捨てられてしまった
というふうに
どこか寂しげだった

何度かそこを通るうちに
猫は私の顔を覚えてすり寄ってくるようになった
なでてやると
小さな体の奥から
ごろごろという音が響いてきた
くるりくるりと身をかわす猫の背中に
掌のくぼみを当てて這わせてみた
まだ若い美しい雌猫だった
適当な名前が思いつかなかったので
ネコと呼ぶことにした

ネコは私がそこを通るたびに
まるで長年探し回って
やっと見つけたというように
懐かしそうに跳んできた
― やっと会えたのだから
― しばらくどこへも行かないで

私の行く手を阻むように
ネコは私の足元にからみついた

― 君を連れていきたいけれど、できないの
― せめて今だけの時間を楽しませてね
ネコは飢えた眼をして
ぴったりと私のそばから離れなかった

時折りソーセージを持っていくと
ネコは何日も食べていなかったかのように
ソーセージにガツガツとかぶりついた

ネコはそれから何ヶ月も現われなかった
大方誰かに拾われたか
飢え死にしてしまったかと思っていた頃
いつもの場所から少し先へ行った所で
ネコによく似た猫が
誰かにかわいがってもらっているのに出くわした

「みーちゃんと呼んでるの」
その女性はそう言って
嬉しそうに猫を見つめた

「捨て猫じゃないわよ
だって、きれいでしょう?」

猫は近くの家で飼われていて
十ほど違う名前がついているのだと
女性は教えてくれた
そばを通りかかった人がみんな
自分だけの猫だと思ってつけた名前だった

ネコは心なしか他人行儀だった
「ネコ、おいで」

ネコはつぃーっとあっちへ行ってしまった

            **

私はふと
何年か前に私を振った男を思い出した

「君が好きでたまらない」
そう言われて、どきんとしたから
その男とつき合うようになった

思いつめるほど好きではなかったが
男の話は面白かったし
何よりも教養もお金もある男の傍にいるのが楽しかった

それからしばらくして
男からの連絡が途絶えた
きっと仕事で忙しいのだろうと思っていた

ある日
ふと立ち寄ったレストランに
男とよく似た男が
私の知らない女と食事をしていた
私に向ける優しいまなざしを
その女にも向けていた

女とのつき合いはその女だけではないことが
あとでわかった

ふすまの陰に隠れて立つ男の襟元を
つかんで殴ったことがあった

ほどなく、男とは終わりになった

            **

よく、女が猫と比較されるけれど
男は猫に通ずると
私は思っている

by hannah5 | 2006-08-25 11:41 | 作品(2004-2008)

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