私の好きな詩・言葉(82) 「入眠」 (谷川 俊太郎)   


遠くで鴉が鳴いている
かなりしつこく鳴いている
こんな夜中に何用か
どこかで洗濯機が唸っていて
天上から得体の知れぬパチパチいう音

家の外には黒い空間がひろがっている
いのちに満たされているはずなのに
それがVOIDという英語を思い出させる

(シカバネノカミガノビルツメガノビル)

いつから世界はこんな組み立てになったのだろう
眠れぬままに聞く夜中の音が心の中で
不条理な音楽になる

   *

言いたいことはないのに
起き出して紙に語を並べるのは
言葉を石ころのように転がしておきたいから

氾濫する意味は暴力の前に無力だ
涙もそして
沈黙ももちろん

(タイジニカミガハエルツメガハエル)

だが言葉にひそむ静けさは
ときに笑いに
ときに無意味に
ときに歌に変装して
人をこの世の縁(へり)にいざなう・・・

   *

深いオーガズムの記憶に蘇る世界が
この現実とは別次元に存在する
マグマのように

その坩堝の中で夢うつつに
人種と宗教と制度と思想と幻想と
そんな何もかもをごった煮にして待つ
ひそかな産声を

(初稿 「現代詩手帖(2005)1」)




ひと言

世界が静かになり始め、眠りに入る前の瞬間、現実の世界の音を聴きながら眠りの森の奥へと誘われる。そんな瞬間が、今夜の私にも訪れています。

安らかな眠りがありますように。おやすみなさい。



谷川 俊太郎(1931-)

1931(昭和6)  哲学者・評論家の父徹三と母多喜子の一人っ子として、帝王切開により
            生まれる。
1938(昭和13) 杉並第三小学校に入学する。何度も級長をつとめたが学校が楽しかった
            記憶はない。模型飛行機づくりや機械いじりを好んだ。音楽学校出身の母
            からピアノを習う。
1948(昭和23) 北川幸比古ら高校の友人の影響で、11月、ガリ版刷りの詩誌「金平糖」に
            2篇の8行詩を載せる。
1950(昭和25) 学校ぎらいが激しくなり、度々教師に反抗する。「蛍雪時代」や「学窓」などに
            投稿。成績低下し、定時制に転学して辛うじて卒業する。
1954(昭和29) 岸田衿子と結婚。
1955(昭和30) 離婚。
1957(昭和32) 新劇女優大久保知子と結婚して青山に住む。
1960(昭和35) 長男謙作誕生。
1963(昭和38) 長女志野誕生。
1989(平成1)  離婚。
1990(平成2)  佐野洋子と結婚。

作品

1951(昭和26) 「詩学」の推薦詩人に「山荘だより1・2・3」が載る。
1952(昭和27) 第一詩集 『二十億光年の孤独』 刊行。
1953(昭和28) 『六十二のソネット』 刊行。
1955(昭和30) 『愛について』 刊行。
1956(昭和31) 自作の写真と詩の 『絵本』 刊行。
1957(昭和32) エッセイ集 『愛のパンセ』、『櫂詩劇作品集』 刊行。
1958(昭和33) 『谷川俊太郎詩集』 刊行。
1959(昭和34) 詩論集 『世界へ!』 刊行。
1960(昭和35) 詩集 『あなたに』 刊行。
1962(昭和37) 詩集 『21』、エッセイ 『アダムとイヴの対話』 刊行。
1964(昭和39) 詩集 『落首九十九』 刊行。
1965(昭和40) 全詩集版 『谷川俊太郎詩集』 刊行。『日本語のおけいこ』 刊行。
1967(昭和42) ショートショート集 『花の掟』 刊行。
1968(昭和43) 『愛の詩集』刊行。詩画集『旅』 刊行。
1969(昭和44) 絵本『しのはきょろきょろ』、『現代詩文庫27谷川俊太郎』 刊行。
            漫画「ピーナッツ」の翻訳開始。
1971(昭和46) 詩集 『うつむく青年』 刊行。
1972(昭和47) 記録映画「時よとまれ君は美しい」の脚本を書く。エッセイ集 『散文』、
            『ことばのえほん』 刊行。
1973(昭和48) 『ことばあそびうた』 刊行。
1974(昭和49) 詩集 『空に小鳥がいなくなった日』 刊行。
1975(昭和50) 『定義』、『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』、
            『マザーグースのうた』 刊行。
1976(昭和51) 絵本『わたし』 刊行。
1978(昭和53) 詩集 『タラマイカ偽書残闘』 刊行。
1979(昭和54) 詩集 『そのほかに』、『谷川俊太郎エトセテラ』 刊行。
1980(昭和55) 詩集 『コカコーラ・レッスン』 刊行。
1981(昭和56) 『ことばあそびうた また』、『わらべうた』 刊行。
1982(昭和57) 写真集 『SOLO』 刊行。詩集 『日々の地図』 刊行。
1983(昭和58) 『日 々の地図』 で 読売文学賞を受賞。
1984(昭和59) 詩集 『手紙』、『日本語のカタログ』、『詩めくり』 刊行。
1985(昭和60) 詩集 『よしなしうた』、『ことばを中心に』、『「ん」まで歩く』 刊行。
1987(昭和62) 『いちねんせい』 刊行。
1988(昭和63) 詩集 『はだか』、『メランコリーの川下り』 刊行。
1990(平成2)  詩集 『魂のいちばんおいしいところ』 刊行。
1991(平成3)  詩集 『女に』 刊行。
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by hannah5 | 2006-08-27 02:19 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

Commented by saidenryu at 2006-08-27 23:11
こんばんは、
すごい詩ですね。谷川さんの感性は別世界と思っていて、
なかなか近づくことができなかったのですが、この詩は
響いてきます。
Commented by hannah5 at 2006-08-27 23:46
♪saidenryu さん、谷川さんの詩は流れる水みたいな感じがします。
言葉が谷川さんのすぐそばにあって、
谷川さんの意のままにあやつられていると、いつも思います。
あんなふうに書けたらいいのに・・・
いい意味で、私を嫉妬させてくれる詩人の一人です。
Commented by sinkaeru at 2006-08-28 23:48
谷川さんは 多面性をもつ詩人ですね ずっと前 講演会などで 二度拝見したことを思い出します テレビでは何度か…
ご紹介の詩は 暗示的で 内に熱い思いを秘めたメッセージだと受け止めました  シカバネ  と タイジ の対比が鋭いと感じました 
私は今 茨木さんと 或る施設の園長さん(故人)の詩を読んでいます では また
Commented by hannah5 at 2006-08-29 00:00
♪sinkaeru さん、何に入眠していくのでしょうか。
一つの読み方だけではないでしょうね。
谷川さんはいろんなことができる方だと思いますよ。
時にそれがすべっていってしまう感じがしますが・・・
茨木のり子さんの詩は圧倒されます。

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