私の好きな詩・言葉(86) 「満天」 (小池 昌代)   


中央アジアの五月
止汗剤を売り歩く少数民族がいる
赤い帽子を目深にかぶり
ひとみの半分を内側にしまう
朝焼けを見てやさしく泣く
老人は皆、再婚である
家族は輪になって黒い杯を飲む
きしめんのような声でまっすぐにうたい
砂のようにざらざらと遠くのほうへいく
一人だけ、小さな少年が混ざっている
(愚図)
声変わりする前の首筋の静脈に
太陽のひかりをどくどくと流し込み
ぷるりぃー
ぷらはりぃー
高い澄んだ声で親族を呼ぶ
少年はやせた大叔母が好きだ
眼差しのつよさで落ち窪んだ目の
ひとをほめもせず、
のけものにせず、
みつぐこともしない、
はたらきもの
(能力給も敷金も知らない)
少年と大叔母―
手をつないで野にたつ
あらゆる年代の今日が混ざり合う場所
「馬鹿もの」と大叔母がいう
「イシアタマ」と少年がいう
机上を離れた国語があたたかい
夕焼けをみてもときどき泣く
日がおちる
いきものたちが
こくのある大盛りの睡眠をとる頃
きびしい背骨の固さをゆるめ
彼らは輪になって
静寂な野でねむる
濁音は沈み
あらゆる競争は
敵を失う
やがて痛いほどの星が
ぎしぎしと音をたて
夜空にそれぞれの座をはりめぐらす
きしんだ空はみうごきできない
それからとびきりの一等星が
歯茎を照らし
口蓋を洗い
眠る彼らの数だけの恥骨に
麻酔もせずに
厳粛なひとすじの入れ墨をする!


( 『現代詩文庫 小池昌代詩集』 より)




ひと言

人間の中に色濃くいると、時々得も言えず疲れてしまうことがある。そんな時、ここから遠くへ目をやることで、救われた気持ちになって、あぁ、まだ生きていたんだと思う。こんな中央アジアの民族のように、満天の星の下で寝たら、きっと気持ちもまっすぐに大きくなるだろう。

小池昌代の詩が、今、とても好きです。読むたびに新しい発見をします。


池 昌代(こいけ まさよ)

1959年、東京、深川生まれ。
幼少時より、詩という概念に心惹かれ、いつか言葉によって、詩を書きたいと切望した。
詩集 『水の町から歩きだして』、『青果祭』、『永遠に来ないバス』 (1997年現代詩花椿賞)、『もっとも官能的な部屋』 (1999年高見順賞)、『夜明け前十分』、『雨男、山男、豆をひく男』、エッセイ集 『屋上への誘惑』 (2001年講談社エッセイ賞)、他絵本の翻訳等。1995年、「音響家族」創刊。1989年~1999年にかけて、林浩平、渡邊十絲子とともに、詩誌「Mignon」をつくり、2002年からは、石井辰彦、四方田犬彦をメンバーとする「三蔵2」に参加した。
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by hannah5 | 2006-10-09 23:52 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by aki at 2006-10-11 20:24 x
「こくのある大盛りの睡眠をとる」との表現までに私もノックアウトされました。一行一行、目をそらせない、息つく暇を与えない魅力がある方ですね。
Commented by hannah5 at 2006-10-12 01:43
♪aki さん、この詩人さんはすごいでしょう。
新世代の現代詩人です。
この人の比喩はすばらしいですよ。

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