私の好きな詩・言葉(92) 「天井観測」 (文月 悠光)   


学校に行く意味はなかった。
朝7時10分。
時計の針がおじぎをしたら
私は規則的なフローリングの木目を踏みしめて
パジャマのすそを引きずらなくてはならない。
空白の中、
私の足もとを木目が賭けぬけていく。
ゆっくりと目を細めてみたけれど
この身体で何ができるのか、何をするべきか
本当のことは誰も知らないようだった。

生きる意味は
どこに落ちているんだろう。
きれいに死ねる自信を
誰が持っているんだろう。
自分は風にのって流れていく木の葉か、
でなければ、あんたが今
くつの裏でかわいがった吸い殻ではないのか。
存在なんてものにこだわっていたら、
落ちていくよ。
『どこへ?』
橋の下さ。

保健室のベッドは非日常的。
毎日なんていらない、今さえあればいいんだ。
そんな理屈の毛布にくるまった。
ミルク色のタオルケットは
何かに酔いしれたようなつぶやきを
私の鼻にささやく。
やわらかな感触の波におぼれていく。
「先生、このにおい、クスリ?」
先生は
「寝不足かねぇ・・・・・」
とだしぬけに私の目をのぞきこむ。
私の瞳が真っ黒な穴ぼこではありませんように。
だけど、私は先生のほくろに小さな闇を見た。
よく見ると、その闇はぱっくり口を開き、
静かな呼吸をくり返している。
保健室、天井を眺めるためのお部屋、
天井観測ベッド。
私は自分にまでも隔離されて、
ふと翼が生えたような感覚に頭をなでられた。
その間隔は伸びきった四肢を食いつくして、
この肉体をさらっていく。
足の指一本一本が立ち上がりそうな。
そうしてタオルケットを抱きしめていたいような。
チャイムが鳴ってほしくない。
私はなでられた頭をふって、
天井の空を飛んでいた。
ああうれしい。

家に帰りたいと思うしくみが知りたい。
意味はないんだ。
たった今、吸い殻が落ちていたからね。


詩学7/8月号投稿作品より)




ひと言

文月悠光さん、中学3年生、15歳です。初めて読んだ悠光さんの「天井観測」は印象が強かったです。15歳ってこんなふうだけれど、それをきちんと表現できる文章力には目を見張るものがありました。評者の北爪満喜さんは「大きなことと静かに向き合っている詩です。生きる意味という大きなことを書く時に、抵抗感があまりなく、すっとそのことを口にできる感性に驚きました」と感想を述べられ、いとうさんは「一読して文章力のある人」「とても先の楽しみな人」と述べられています。また、12月号の 『詩と思想』 で新川和江さんが「清新な光が射しこむ心地がした」と評されているし、木津川昭夫さんは「来年は大器として、候補作に登場して欲しいものだ」と評されています。

悠光ちゃん、これからもますます飛んでください。楽しみにしています。


文月 悠光(ふづき ゆみ)

1991年生まれ。北海道出身。
将来作家と詩人になることが夢の中学生。
文月悠光さんのブログ: お月さまになりたい。
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by hannah5 | 2006-12-19 00:55 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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