私の好きな詩・言葉(97) 「九月の第一月曜日」 (新川 和江)   


わたしが二階でものを書いていると
小さな息子があがって来て
「エーィ ママノシ ヒコーキニシテ トバシチャエ」
書き損じの原稿用紙を
鋭角的に折りたたんでは
曇り日の空に向って飛ばすのだった

「どう 飛んだ?」
倦み疲れ わたしも机を立ってゆき
肩など三つ四つ叩きながら
ふと庭先に目を落とすと
梧桐が繁ってたださえ陰気な地面に
白い蛾のような紙ヒコーキが
幾匹も死んで へばりついているのであった
この梧桐は青すぎる!
見ただけでも 下痢をもよおしそうである
この庭は少しじめじめしすぎている!
これほどに濡れている必要は ないのである
そこらへんから 蛞蝓(なめくじ)みみずの類いがいまにも
匐い出しそうな!

わたしが二階でものを書いていると
幼い足音がまたあがって来て
「エーィ ママノシ トバシチャエ」
するとある日 それは飛んだ
息子が見よう見まねで書いた
パステルのアルファベットと番号をつけて
それは飛んだ 九月の第一月曜日

それからは ずっとずっと晴だった
ずっとずっと 今日も――
わたしはもう ペンなど持とうとする気にもならず
息子と並んで窓がまちに腰かけ
足をぶらんぶらんさせながら 言う
「やっぱりあれが いちばん傑作だったんだわねえ」
「ナニガサ?」
「ん? ママの詩がさ」


( 『現代詩文庫 新川和江詩集』 より)




他に1篇


「ふゆのさくら」


おとことおんなが
われなべにとじぶたしきにむすばれて
つぎのひからはやぬかみそくさく
なっていくのはいやなのです
あなたがしゅろうのかねであるなら
わたくしはそのひびきでありたい
あなたがうたのひとふしであるなら
わたくしはそのついくでありたい
あなたがいっこのれもんであるなら
わたくしはかがみのなかのれもん
そのようにあなたとしずかにむかいあいたい
たましいのせかいでは
わたくしもあなたもえいえんのわらべで
そうしたおままごともゆるされてあるでしょう
しめったふとんのにおいのする
まぶたのようにおもたくひさしのたれさがる
ひとつやねのしたにすめないからといって
なにをかなしむひつようがありましょう
ごらんなさいだいりびなのように
わたくしたちがならんですわったござのうえ
そこだけあかるくくれなずんで
たえまなくさくらのはなびらがちりかかる


ひと言

「九月の第一月曜日」は、一読した時、なんだか自分のことのような気がして親しみを覚えた詩である。ある歌会に所属していた母は、その歌会の同人誌に毎月何篇かの短歌を投稿していた。締め切間際になると、二階の部屋に一人こもって、うんうん言いながら歌をひねり出していた。部屋にこもっている間は誰も邪魔することができなかった。

この詩は小さな息子が母親が書き損じた原稿を飛行機に折って飛ばすシーンから始まる。母親が詩を書いている時間は息子さえも立ち入ることができない時間である。そのことに対する小さな嫉妬と疎外感が息子の「ママノシ ヒコーキニシテ トバシチャエ」という言葉によく出ている。

新川和江さんの詩は以前に1度ご紹介したことがあるが(「わたしを束ねないで」)、その時の読み方は浅かったと思う。今回、読み方が深くなったわけではないが、少なくとも少しばかり新川さんの詩を読んでみて、新川さんはもっと大きな根源的なもの、自然の営みや大地といったものに密接につながっているように思った。また、1929年生まれというからもうすぐ80歳になられるが、その詩に古臭さを感じないばかりか、今だに詩壇の先頭を歩いておられることに敬服する。


新川 和江(しんかわ かずえ)

1929年  茨城県結城市に生まれる。

1946年  県立結城高等女学校卒業。女学生時代、西条屋八十に師事する。

1948年  東京に移住。少女雑誌学習雑誌に物語や子どものための詩を書き始める。
        以後現在までに、『比喩ではなくて』、『つるのアケビの日記』 『つるのアケビの日
        記』 『土へのオード13』 『火へのオード18』 『水へのオード16』 『ひきわり麦抄』
        などのほか、『星のおし ごと』など。数冊の詩集と、編詩詩集、随筆集を刊行。

1983~93年 吉原幸子と詩誌「ラ・メール」を主宰。
           
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by hannah5 | 2007-02-04 23:52 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

Commented by aki at 2007-02-06 10:13 x
 本当に新川さんの詩って古臭くならないですね。さっぱりする読後感、やみつきになります^^。
Commented by hannah5 at 2007-02-07 00:57
☆aki さん、そうですね。
それに言葉が重厚で、新川さんの詩を読むと現代は言葉が薄くなっているのを感じます。
Commented by sinkaeru at 2007-02-10 01:16
hannah5さん 今晩は 新川和江さんの詩って コトバがサクサクしてていいですね 
私は今 茨木さんと宗さんの詩や詩論を 少しずつ読んでいます
貴詩「レールの終着点」と「言葉に出会うというやんごとなき可笑しみ」の詩は 一つ一つの言葉がビビッドで 印象に残りました 蛙
Commented by hannah5 at 2007-02-10 01:29
☆カエルさん、こんばんは。
新川和江さんの言葉、いいでしょう。
現代の詩もいいけれど、少し前の詩人さんたちの詩は言葉がいいですね。

「レールの終着点」も「言葉に出会うやんごとなき・・・」も、最近つとに現代詩が気になり出し、
それで勉強も兼ねてこんな詩を書いています。

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