私の好きな詩・言葉(98)「(岩は樹間を・・・・・・)」(野村喜和夫)   


岩は樹間をさわやかに泳いで行った、
滞留はなかった、
私たちはもう
旅の宿でさえも
雨の音を聴きながらめざめていた、
ちかづく雨あしに遠ざかる雨あしが重なって
それは、それは
ひきちぎられた耳に
父祖の唖を語り伝えてくるかのようだった、
湯への道
うねる美しい等高線
朝の過不足ない高みだった、
私たちはもう
カメラ、観光案内図
カルデラ湖の静寂
などをかかえて
朝の過不足ない高みだった、
雨はやがてあがり
沢を川霧がのぼってきた、
滞留はなかった、
といえる私たちの欲望そのままに
それは、それは
ひきちぎられた耳に
熱い顔の記憶がひろがってゆくかのようだった、
雨はやがてあがり
咬む愛でちかづくような船のまぼろし
山野をわたり歩く狂気の画家がひとり硬直していた、
空をとびかう種子がまぶしかった、
岩は樹間をさわやかに泳いで行った、
そのユーモラスな位相
うねる美しい等高線
などをかかえて
ひきちぎられた耳がまぶしかった、
誰のものでもなかった、
けれどもまだそのあたりへ
水平線がびっしりとこびりついていた、
触れるな!
といえる私たちの欲望そのままに
沢を川霧がのぼってきた、
滞留はなかった、
そして子供たちの歓声がはるか上になって
私たちはもう
誰のものでもなかった、
咬む愛でちかづくような船のまぼろし
またそれをくつがえすまでの
私たちはもう
カルデラ湖の静寂。


( 『現代詩文庫 野村喜和夫詩集』 より)




他1篇


(びーんだったか・・・・・・)


びーんだったか、
きーんだったか、
ぼくの外がまだ不在だったころの
ただひとつの音。

いやちがう
ちがうのかもしれない、
音ではなく亀裂
亀裂ではなくその一途な潜勢、
内奥なんてそんなもの
と思う日もあり、
半身であてどなくひとうねりした。

その足で
ぼくは出掛けた、
陽を浴びて
やや未開のあわあわ道では、
まれに
縄のように女があり、
またごうとすると
愛された、
仕方なく平行して
青いひもとしてなおいくばくか伸びてゆくと、
ひもは殖えて
つきたち、
ねじれ、
斜上した。

そのときふたたび、
びーんだったか、
きーんだったか、
外が寄り添ってきた、

粒子状ざらざら
とぼくが書くと、
汗をかく、壮麗
と外は読むのだった。

耳をふさぐと
唖の微風、
ぼくだって
崩壊あとまだわずかさき、
外が
気づかわしげに眼を見開いている。


ひと言

野村喜和夫さんは今、私のもっとも気になる詩人の一人だ。その言葉がどこから出てくるのか、どこで出会ったのか、どこにもない言葉でありながら、実に彼自身の言葉として親しく、身近に感じる。現実と非現実が交錯する不思議なイメージ、見たことも聞いたこともないのに体内のどこかで共鳴する不思議なオノマトペ、エロチシズムが漂うのにどこかストイック、独特の感性の中の知性、そして何より溢れ出る言葉。普通、詩形というと上部が揃っているが、野村さんの詩はひとつの形に納まらず、実にさまざまなレイアウトに組んである。それらをじっと眺めていると、詩というものの深淵を改めて感ぜずにはいられない。

野村喜和夫さんの詩を読み始めて出来た詩をひとつ。

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「詩人 N」


どこかで脳天がぶち割られたような広がり

思考の中をほとばしる脳細胞の群落

直感と対角に置かれたひと味違うところの刺激

不協和音のつながりの居心地の悪さのつながり

地球の上に散らばっている馴染み深いそれぞれ

検索しているうちに生まれた子どもたちをクリックする



威張るには及ばないこの小さな幸福は

空の上で震えているか

ここに落ちてくればいいのに


いいんじゃない?


生まれ続けるひらめきの持ち主は

せっせと息を咲かせている


*********


野村 喜和夫(のむら きわお)

1951年10月20日、埼玉県生まれ。早大文学部卒。
詩集 ―― 『川萎え』 (1987)『わがリゾート』 (1989) 『反復彷徨』 (1992) 『 特製のない陽のもとに』 (1993)
評論 ―― 『ランボー・横断する詩学』 (1993) 『散文センター』 (1996)
翻訳 ―― 『海外詩文庫・ヴェルレーヌ詩集』 (1995)など
CD ―― 『UTUTU-独歩住居跡の方へ』 (1996)
参加イベント―― 「00コラボレーション・詩と美術」(1993)、「オト・コト・コトバ」(1994)、「詩の外出――21世紀へ、身体/映像/音楽とともに」(1995)
参加詩誌 ―― 「詩的現代」「00」「歴提」など。
野村喜和夫さんのHP: Poesie

( 『 現代詩文庫 野村喜和夫詩集 』 よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2007-02-25 01:35 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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