私の好きな詩・言葉(103) 「孤独とじゃれあえ!」(須藤 洋平)   


孤独とじゃれあえ!
          トゥレット症候群と闘う勇者たちへ捧ぐ

真夜中、家中の酒という酒を全て飲み干し、それでもまだどこかに隠してあるんじゃないかと乱暴に探し回った。母は泣いて僕に付いて回り、父はだんまり。そして神棚のお神酒を飲もうとした時、母は泣き崩れた。
(お神酒の中には蛾が溺れ死んでいた)
父は土下座をし「すまない、もっと早くに気づいてやれれば・・・すまない、けど俺たちが参ってしまう、金はどうにかするから出てってくれ、すまない・・・」
僕は一番辛かった頃のように、つまり
ケダモノと呼ばれていた頃のように
意味のない言葉を叫んでいた。

家を飛び出し、堤防から海に飛び込んだ。

夢中になって小さな岩場まで泳ぐと仁王立ち、周りを見渡すと何もない
黒い海にぽつんと「障害」という孤独が際立った。

芸術なんだ!僕の身体は芸術なんだ!
それがその時の僕の唯一の逃げ場だった。
「生きるという事は恐ろしいね」
祖母が畑にはびこる雑草を見て言っていた事を同時に思い出していた。

岸に戻り砂浜に寝転んでいると急に腹痛に見舞われた。薄暗い便所の中で脂汗を流しながらしゃがんでいると、様々な落書きが目に入る。その中に一際大きく、力強く書かれているものがある。
「今は孤独とじゃれあえ!」
それは間違いなく中学の頃、僕が書いたものであった・・・
僕は便器を舐めながら誓った。
いつだってしぶとく生き抜いてやろうと。

二十三歳の夏の事だった。


(『みちのく鉄砲店』より)




他2篇


「こぶし」

よつんばいにされてみんなにおしりの穴を
みられたときはどうにかがまんできたけど
今日がけからおとされた自転車のことを思うと涙がとまらないんだ
兄ちゃんにゆずってもらったばかりの3だんへんそくの青いやつ
「だいじにつかいなよ」って兄ちゃんいってたんだ・・・

先生が「ベランダに犬でもいるの?」
なんていってみんなをわらわせるから
みんなをあおるから・・・

ぼくのあのこぶしの木が兄ちゃんのみたいに大きくなって
枝が太くなったらぼくはそこで首をつろう
みんなにこうかいさせてやるんだ!


涙が
とまらないよ・・・

        *

「おじちゃんのこぶしの花がとんでしまうよう!」
今にも泣きだしそうな顔で僕のズボンを強くゆすった
僕は彼女をやさしく抱きあげ脇の下をくすぐってやった
僕のコートのボタンホールに指をひっかけて
彼女ひひらひひらと笑って


それから僕らは彼女が耳うちしてくれた作戦通り
だんご虫となずなを裏庭にさがした



「傷心」

片側一車線の道路でトラックとすれ違う度に、ぐっとアクセルを踏み込む癖のあった年老いた田舎の父と、一緒に電車に乗ったこの侘しさは、僕の無意識に潜む父への畏怖をおそらく消散させただろう。
落ち着かない様子の父の隣で僕は目を怒らせる。


アパートに着くなりおならをし、僕のベッドに横になりそのまま眠りに落ちた父の寝顔。僕を背中に乗せ一キロも先にある島まで泳いだあの時の父と本当に同じ人なのだろうか。
父にタオルケットをかけ、僕もベッドの下で眠った。


目覚めると父はおらず僕にタオルケットがかけてあった。慌てて父の携帯に電話するとベッドの上で「暴れん坊将軍」の着信音が鳴った。と、ほぼ同時に父が戻って来た。この辺りをぐるっと一周してきたと、汗を拭いながら言う父の、ズボンの裾が少し靴下に入っていた。


その夜、父とアパートの向かいの居酒屋に行き、やっぱり実家に帰るよと僕が言うと父は涙ぐみ、それでももう少し楽しんでから帰って来いと優しい顔で言った。

それから、マグロを一本持って銀座に繰り出した話や、寿司を二貫ずつ食べる船乗りの話など昔話をし始めた父の目の力はたぶん今の僕なんかよりよっぽど強く、疲れを知らない子どものようで、こりゃ絆されたのも仕方のない事だなあと思いつつも、この父の血を引いているんだと思うとなんだか誇らしげな気持ちになった。



ひと言

初めて聞く病気の名前、トゥレット症候群、またはチック症を患う須藤洋平さんの詩集を読んだ。ご本人もさることながら、ご家族はさぞかし大変だろうなと、その苦労を思った。どんな病気もそうだが、重い病気をもつ人を抱えた家族は家族の絆をどのように持てばいいかわからなくなることがある。須藤さんの病気は現在も進行中だ。「六年間、母と狂気の沙汰をさまよい続け、失ったものも多い」と須藤さんは言われる(中原中也賞受賞の言葉から)。

遠くにいる他人なら「気の毒に」とか、「がんばってください」とかどんな事でも言えるだろう。でも、一緒に暮らしたらどんな言葉をかければいいのだろう。お兄さんの須藤雄一郎さんが詩集のあとがきに書かれた言葉を読んで、涙が出た。「弟は今まで綴ってきた詩の中から、この二十編の詩を取り上げ「一段落つけたい」と言った。「もう書けない」とも言った。私は現代詩のことがよく分からないので、この詩集が誰の目に触れるか、どんな評価を受けるかなど全く分からない。ただ、この詩集が、弟がこれまで生きることを選んで歩んできた証、さらに強く生きていこうとする証になってほしいと強く思っている。」(『みちのく鉄砲店』あとがきより)

私には詩にするくらいしか、須藤さんにかける言葉が思いつかない。
光よ、落ちてこい



須藤 洋平(すどう ようへい)

1977年、宮城県生まれ。早稲田医療専門学校東洋医療鍼灸学科卒業。
1987年、小学校4年の時にチック症が始まる。
1989年、中学校入学。チック症がエスカレートしていく。
2002年、東北大学病院にて、トゥレット症候群と診断される。この頃より、詩を読み、書き始める。現在もトゥレット症候群に併発した根の深い神経症からくる鬱病と闘病中。
2007年、第12回中原中也賞受賞。

               (「ユリイカ」の「第12回 中原中也賞発表」よりコピー抜粋)



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トゥレット症候群(チック症) (Wikipedia より)

トゥレット障害またはトゥレット症候群は、チックという一群の神経精神疾患のうち、音声や行動の症状を主体とし慢性の経過をたどるものを指す。小児期に発症し、軽快・増悪を繰り返しながら慢性に経過する。

チックの症状は攻撃的・性的な要素を含むことが多いため、未治療の場合、患者にとって社会的な不利益を生ずることが多い。そのため、二次的に自己評価が低下したり抑うつ的になったりすることがある。

病名は初期に記載したフランスの神経内科医Georges Albert Edouard Brutus Gilles de la Tourette (1857-1904) に因んでいる。Gilles de la Tourette(ジル・ド・ラ・トゥレット)症候群とも呼ばれるが、最近は米国精神医学会 (APA) による診断基準DSM-IV-TRや国際疾病分類第10版(ICD-10)にならい、単に、トゥレット障害あるいはトゥレット症候群などと呼ばれることが多い。

チックの症状

運動チック
· 顔面の素早い動き
· 腕や肩を振り回す
· 手遊びをする
· 体をねじったり揺すったりする
· 電車のアナウンスを流す
· 走りながら笑う
· 自分の体を触ったり叩いたりする
· 他人の身体や周囲のものなどにさわる
· 口の中を噛む
· 手に爪で傷をつける
· 一定の動作をする
· 人の臭いを嗅ぐ

音声チック
· えっえっと言う
· 咳払い
· 鼻をすする
· 短い叫び声
· 汚い言葉(しばしば罵りや卑猥な内容)を言う
· うなり声

くさい

原因

原因は確定していないが、基底核におけるドパミン系神経の過活動仮説が提唱されている。また双生児研究などから、遺伝的要因も関与していることも示唆されている。
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by hannah5 | 2007-04-28 15:55 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(8)

Commented by 三角みづ紀 at 2007-04-29 00:53 x
須藤洋平さんは素晴らしい詩人だと思います。大好きです。
Commented by hannah5 at 2007-04-30 00:55
☆みづ紀さん、はい、私もそう思います。
須藤さんに会える機会ができてよかったですね。
Commented by aki at 2007-05-01 13:18 x
 須藤洋平さん。すごいですね。詩集、手にせずにはいられない気持ちです。
Commented by hannah5 at 2007-05-02 02:50
☆aki さん、すごいですよね。
中原中也賞の選考委員の先生方が、ぐんぐん引き込まれて読んだというようなことを仰られていました。こういう詩がいい詩なのだと思います。
Commented by raudo at 2007-05-02 09:19
コメント有難うございました
 
今後とも 宜しくお願いします
Commented by hannah5 at 2007-05-03 02:10
☆らうどさん、おひさしぶりですね。
こちらこそよろしくお願いします。
Commented by 村上 ゆり at 2008-05-19 22:14 x
あなたの、感性届きました、長い間苦しんだ結果ようやく、幸福を手にされたんですね。私も、このごろ生まれてきたことの意味を、漠然とですがわかってきつつあります。
Commented by hannah5 at 2008-05-21 00:59
♯村上ゆりさん、はじめまして。
ここまでさかのぼって読んでくださって、ありがとうございます。
須藤洋平さんの詩、すごい感性とすごい生き様ですよね。
生まれてきたこと、生きていくこと、どちらも大変だな~と思います。
コメント、ありがとうございました。
よかったら、また遊びに来てください。

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